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弟矢 ―四神剣伝説―

第七十六話 裏切りの理由

 宗次朗が馬を止めたのは、深い森の中であった。昨夜、自分で思ったより上流まで、弓月は一矢を追いかけていたらしい。長瀬に聞いただけで、乙矢は無事に、こんな遠くまで来ることが出来るであろうか……弓月は不安を覚えた。

「そのような顔をせずとも、勇者の到着を待たず、遊馬の姫君を殺すようなことはせぬ」
 弓月の心配そうな表情が、我が身を案じてのことと思ったのか、宗次朗はそんなことを口にする。
 だが、弓月の不安は乙矢の身を気遣ってのことであった。乙矢はすでに、充分過ぎるほどの深手を負っている。自分にもう少し早く『青龍の主』となるべき自覚が芽生えていたなら……。乙矢に掛かる負担を、僅かでも軽減することが出来たであろう。そう思うと、弓月は悔やまれてならなかった。

「まさか、あなたが皆実宗次朗殿とは……。なぜ、『朱雀』の勇者が、このような愚かな真似をなさったのです!」
 弓月は顔を上げると、人質らしからぬ凛然とした態度で宗次朗を叱責した。
「決まっておる。『朱雀』の勇者だからだ」
 宗次朗の返答は極めて簡潔なものであった。
 確かに、四天王家に伝わる四神剣の伝説では、皆実家の祖となる初代『朱雀』の勇者は他の三人を裏切ったという。そのため、『白虎』の勇者に討たれたと。

「その伝説は私も幼き頃から聞いております。ですがそれは、あなたが我らを裏切る理由にはならない。四天王家に生まれた宿命などと申されるな。我らは等しく、勇者の末裔ではございませんか!」
 しかし、その弓月の言葉を宗次朗は一笑に付した。
「等しく? 四天王家とは名ばかり……『朱雀』の勇者の血を引く我らは、その裏切りの剣と共に、対馬に閉じ込められたようなもの。本土より他国に近い島から、我らは自在に出ることも出来なかった。我ら皆実一門の願いは『朱雀』が主を定め、勇者が誕生すること――そして、『白虎』の勇者を倒し、四神剣の伝説に終止符を打つことのみ」

 そんなことは、弓月には聞かされてはいなかった。

 皆実家は勇者の末裔であると同時に、鬼に魂を渡した裏切り者の末裔であることは周知の事実。裏切り者の血縁に『朱雀』の守護は任せられぬ、との声もあった。
 だがその時、『白虎』を守護する爾志が宣言した。
『朱雀の裏切りは、必ずや白虎が止める』――その結果、爾志の監視下に皆実は置かれたのである。
 皆実家は四天王家として、神剣の守護に就くことを強制され、且つ、裏切り者の末裔と呼ばれ続けた。
 そんな彼らの願いは、いつしか『白虎』を滅ぼし、勇者の血を根絶やしにして、四種五本の剣を消滅させること、となって行く。

「勇者の血を……まさか、そんな理由で我が子を!」
「元々、望んで得た妻や子ではない。爾志和鳴――乙矢の父に、押し付けられた女だ」
 宗次朗は吐き捨てるように言った。
 乙矢の父の名を口にした時の宗次朗の顔。弓月にそれは、個人的な恨みや憎しみを伴う表情に見て取れた。
「それだけ、ですか?」
「どういう意味だ?」
「和鳴殿の名を呼んだ時、あなたの声は憎しみに満ちていた。あなたは勇者でありながら、その思いに心を奪われ、鬼の声を聞いてしまったのではありませんか? 宗次朗殿!」

 時折、硫黄の匂いがきつくなる。温泉の源が近くにあるのかも知れない。弓月はふと、そんな考えが過ぎった。
 その匂いを嗅ぐと、生温い夜風のそよぐ中、同じ場所で一矢に詰め寄ったことを思い出す。あれからまだ、半日も経ってはいないのに……短い間に、どれほどの真実を知ったのだろう。 

「何も……だが『朱雀』に宿る鬼は最強であれと私に望む。私が戦う道を選んだのは、鬼に選ばれたから」
「嘘を吐け……父上を恨むのは、姉上を妻にと望んで断わられたからであろう……」

 声のした方向を、宗次朗と弓月は同時に振り向いた。まるで気配を感じなかった。そのことに二人は驚きを隠せない。弓月は乙矢の名を呼ぼうと口を開いたが……それは意外にも、違う男の名になってしまった。

「……か、かずや、どの?」

 
〜*〜*〜*〜*〜


 てんやわんやの騒ぎが、今は、上を下への大騒動となっていた。
 無論、乙矢が新蔵に見送られ、後にした野営地のことである。

 乙矢の出立と刻を同じくして、凪の容態が急変した。急ぎ津山城下の診療所に運ばれることとなり、弥太吉が付き添う。長瀬は凪の身を案じ、麓まで同行したのであった。
 その僅かな隙に一矢が天幕から姿を消した。
 一矢だけでなく、白木の箱に納められたはずの神剣『青龍一の剣』も消えてしまったのである。当然、一矢が持ち出したと思うのが筋であろう。だが医者は「動ける傷ではない、夕刻まで命は持たない」と言い張るのだ。

「何がどうなっておるのだ! 見張りは何をしておった! 誰ぞ、判るように説明致せ!」
 まさに、腰の刀に手を掛ける勢いで、長瀬が見張りの兵士らを怒鳴りつける。兵士らはその大音声だいおんじょうに、腰を抜かさんばかりだ。
「長瀬さん、俺は後を追います。奴も、その湯治場に向かったに決まっている」
 新蔵はそう言うと、馬を引っ張ってきた。
「待て、お前だけでは判るまい。拙者も参ろう。勇者の血は持たぬが、これでも遊馬一門の師範。結末を見届けようではないか」
 長瀬も近くの兵士を捉まえ、馬の用意をさせる。
「ですが、一矢があの体で神剣を持ち出したとなれば……いったい、奴は鬼なのか勇者なのか、何者なんです!?」
「判らぬ。だが、乙矢と双子であることが、奴に何か特別な作用をもたらしておるのやもしれぬ」

 新蔵は心の中で、どうかこれ以上乙矢の敵が増えぬように、と願うばかりであった。


〜*〜*〜*〜*〜


 一瞬、驚愕の表情を見せた宗次朗であったが、直ぐ様立ち直る。
「なるほど。やはり結界からも『朱雀』からも離れては、鬼の暗示が消えたと見える。しかし、その体でやって来るとは……貴様、『青龍』の鬼を受け入れたな」
 右は二の腕から下がなく、腹は裂けて袴の元の色も判らぬ状態だ。今の一矢は、狩野が『白虎』を手に現れた時より酷い有様であった。


 一矢は、母の姉の息子である宗次朗を信頼していた。父の真意を知った時、一矢は不覚にも、宗次朗に相談してしまったのだ。
 そんな一矢に、宗次朗は――自分は『朱雀』に選ばれた、勇者だと抜いて見せたのである。それは見事に一矢の虚栄心を煽り、一矢は邪念に囚われた挙げ句、宗次朗の奸計に嵌ってしまったのであった。


「あの時……気付くべきだった。あなたが父上を恨んでいることを」
 爾志に皆実の血は流れているが、皆実には他の三家の血は流れてはいなかった。
 それは、三家から『朱雀の主』が現れる可能性はあっても、皆実家から他の神剣の主は誕生しえないということである。
 爾志の先代宗主は、如何に望まれても、皆実家の宗主に娘を嫁がせることは出来なかった。酷なようではあるが、それほどまでに『朱雀』の勇者の血は、苛烈さを内に秘めていた。

「だが、私は勇者だ。――『青龍の鬼』が、左手一本でどうしようと言うのだ?」
 宗次朗は挑発めいた台詞を口にする。だが、一矢にはもう、それに乗る余裕すらなかった。
「ひとつ……思い出したことがある。私が強くありたかったのは乙矢を守るため……とんだ御笑いだ」

 それは、弓月にも身に覚えのある感覚だった。『朱雀』を抜いた時、弓月は乙矢に向かって「退かねば貴様を斬る」と言ったのだ。誰のために神剣を抜いたのか……危うく、乙矢を自らの手で殺すところであった。

 こうして話す間にも、一矢の目は濁り始めている。さすがに、これ以上意識を保つのは無理であろう。
「『青龍』をこちらにお渡しください、一矢殿、どうか」
「弓月殿……『青龍』は私を勇者にしてくれるそうだ。最強の力を与える……と。だが、鬼も勇者も、どうでも良くなった。私は、兄矢の役目を果たす……弟矢に繋ぐのみ」

 一矢は鬼となるべく、自ら『青龍一の剣』を抜いた。



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