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弟矢 ―四神剣伝説―

第五十三話 里の攻防・決戦(二)

 不意に身を起こすと、新蔵は弾ける様に武藤目掛けて斬りかかった。だが、目測を誤ったのか、奴の顔に傷を増やしたに留まる。そして――借り物の刀は一瞬にして叩き折られ、『青龍一の剣』が新蔵の頭上で煌いた。
 
 その、一連の出来事が乙矢の目に映り――
「新蔵! 伏せろ!」
 乙矢は途中で調達した刀を逆手に持ち替えた。体を弓のように撓らせると、武藤目掛けて矢の如く放った。
 
 武藤は、新蔵に向かって振り下ろした刀を一転させ、飛んできた刀を叩き落す。
 その隙に、転がるように新蔵は武藤から逃げ出した。
「また借りかよ。ちくしょう!」

 新蔵が悔しそうに地面を拳で叩くと同時に、武藤の意識は乙矢に向いた。
 乙矢の顔を見るなり、獣の威嚇にも似た叫声が武藤の口から迸る。神剣を抜く以前、乙矢に斬られた記憶が、武藤の中に混在しているようだ。そのまま『青龍の鬼』は、丸腰の乙矢に突進した。

 
 先ほどの武藤と同じ人間ではない。
 いや、すでに“人”ですらなかった。薄皮を一枚ずつ剥ぐ様に、平伏する人間を切り刻んでは殺して来た男の、成れの果てだ。だが、同情の余地などない。この男が爾志家を襲ったために、乙矢の姉・霞は……。
 胸に芽生えた郷愁をじっくり味わう時間などあるはずもなく……。武藤は、あっという間に乙矢を追い詰め、怒涛の如く攻撃を重ねる。
 ほんの少し前、乙矢は武藤の右腕にかなりの深手を負わせた。刀を握ることすら不可能な傷が、今はまるで何もなかったかのようだ。

 乙矢は丸腰のまま、紙一重で鬼の剣をかわし続ける。だが、乙矢の体も新蔵同様、まるで“かまいたち”に襲われたかの状態だ。
 一歩踏み出して懐に入り込み関節を取ろうとするのだが……一定の拍子が取れず責めあぐねていたのだった。


〜*〜*〜*〜*〜


「新蔵、無事か?」
「織田さん……すみません、なんとしてもこの手で始末をつけようと」
 さすがの新蔵も肩で息をしている。
「無茶はするな。姫様が、本気でお前を破門するわけがなかろう?」
「はぁ」
 
 新蔵は、一矢がこの里に結界を張り、新蔵や里人らの心に、猜疑心や嫉妬など負の感情を刷り込んだのだ、と正三から聞かされた。言われれば言われるほど思い当たることばかりである。見事に罠に嵌まり、弓月の傍を離れ、乙矢の命を狙った。あまりの無様さに情けなくて涙が出そうだ。落ち込む新蔵とは逆に、正三はいつになく興奮している。

「新蔵、よくぞ乙矢を連れ戻したな。お前の手柄だ」
「そんな……手柄ってことは。俺はただ」
「見ろ。奴の動きを。出逢った時とは別人だ」
 正三も、最早真っ直ぐ立っているのが精一杯といった風情だ。それでいて、瞳を輝かせ、食い入るように乙矢を見ている。
 確かに……それは、とても新蔵に首を締め上げられ、命乞いをした男と同一人物とは思えない。今の乙矢は、素手で、鬼と化した武藤小五郎と対峙しているのだ。それも、一歩も引かず。
「あいつ……ひょっとして、また殺さないつもりなのか? 鬼を相手に、なに悠長なことを」
 そんな新蔵の独り言に、横から正三が口を挟んだ。
「まあ待て、ここは奴に任せよう。それに――だからこそ、青龍は奴を選んだのかも知れん」
「織田さん、それはどういう意味でしょうか? 奴は、乙矢は」
 新蔵は、直感が確信に変わるのを感じていた。
「神剣は絶えず語りかける。――お前は選ばれた勇者だ、お前の前に敵がいる、敵は殺さねばならない、勇者の使命だ、敵と戦え、殺せ――私は、自分に流れる血ゆえ、伝説に思いを馳せ、もし自分が選ばれたなら、身命を賭してもそれを果たそうと思っていた。『青龍の鬼』は、そんな私の思いあがりに火をつけ油を注ぎ込んだ。敵であるなら身内でも、たとえ主であっても斬らねばならぬ、そう思い始めるのだ」

 その言葉に新蔵はブルッと震えた。聞き良い言葉に惑わされた、己の未熟さがまざまざと甦る。
「それは、誰でもそうなると思います。織田さんのせいじゃない。誰だって……」
 態のいい自己弁護だ。判ってはいたが、言わずにいられない。
「そうだな。だが、乙矢は違う。奴は鬼の問いに否と答えた。――誰も斬りたくない、誰も殺させない」
「じゃあ、あいつ……本当に」
「奴が『白虎』の持ち主かどうかは判らぬ。だが、『青龍二の剣』は奴を選んだ。そう信じている」
「では、二人とも……ということですか?」
「判らんな。一矢が『朱雀の主』で我らを裏切ったのか。或いは、既に鬼と化し、自在に鬼の剣を操っている可能性もある。だが――それは伝説にはない、恐怖だな」
 正三は視線を乙矢に固定したまま、恐ろしい予測を淡々と口にする。おまけに、「恐怖だ」と言いつつ、新蔵の目に、正三は笑みを浮かべているように見えたのだった。
 怖いものなど何もない、勇猛果敢が取り得の新蔵であったが、この時ばかりは膝が震え、足元から恐怖が込み上げてきた。伝説を超えた鬼を相手に立ち向かえるであろうか? と自らの胸に問う。

「さすが四天王家筆頭だな」
 新蔵の混乱を打ち消すように、ホッとした正三の声が耳に届いた。顔を上げると乙矢が武藤の後ろを取り、神剣を持つ手首を押さえ首を締め上げているところだった。
「ど、どうやって、あの鬼の背後に回ったんだ」
 新蔵は声は驚きを隠せない。それほどの隙があったとは到底思えなかった。
「我ら剣士には考えられぬことをやってくれる。敵将の股座またぐらを潜るなんぞ……」
「そっ、そんな真似をしたのか!? 奴には爾志の剣士たる面目はないのかっ」
「そうだな……だが、それよりもっと大事なものを奴は持っている」
 何かは判らなかったが、正三の言わんとすることは判った。――認めるしかない。新蔵は頭を振ると正三の後を追い、乙矢に向かって一歩踏み出した。


〜*〜*〜*〜*〜

 
 後ろを取った時点で勝ちを確信した乙矢だが、意外と手こずった。
 『鬼』は首を落とすか、神剣を取り上げるしか止まらない。必死で首を絞め、すでに骨が折れてるはすだった。切断と同じ状態に持ち込もうとするのだが、凄い力で抵抗して動きが止まる気配がまるでない。仕方なく、乙矢は首締めを諦めた。
 後、狙うは神剣しかない。
 掴んだ手首を離さぬまま、四方投げの要領で乙矢は体を反転させ、武藤の力を逆に利用して投げ落とした。手首は掴んだままだ。武藤の肘は逆に反り返り――そこに膝を落とし、一気に骨を砕く。
 直後、山裾まで届くような叫び声をあげ、武藤の左手からスルリと神剣が滑り落ちた。
 同時に、武藤は首を傾けたまま、全身から空気が漏れるように、力なく崩れ落ちるのだった。

 乙矢はホッとして武藤から離れ、数歩後ろに下がって座り込む。
 これほど、真剣に戦ったのは生まれて初めてだ。もちろん、座り込んでる場合ではない。一刻も早く弓月のもとに行かねばと思うのだが、さすがの強行軍に体力も限界だった。
「乙矢……」
 後方から新蔵の声が聞こえ、安堵の溜息と共に振り向いた。
「乙矢っ!」
 どうやら正三も駆けつけて来たらしい。
 自分は大丈夫だ、でも神剣の鞘を探さないと……そんなことを口にしようとした瞬間だった。

「後ろだ! おとやぁ!」
 ハッとして振り向いた彼の目に映ったのは、砕けた右手に『青龍一の剣』を握り、自分に向かって振り下ろす武藤小五郎の姿であった。

 飛んでくる矢を受け止めるだけの技量があれば、寸前でやいばを取るだけの力はあるはずだ。
 しかし、度重なる戦闘で、左肩の傷は開きかけていた。おまけに、一旦、緊張の糸が切れた体は、腕を上げようとするだけで激痛が走り――。
(避けられない!)
 そう思った瞬間、視界から武藤の姿が消えた。壁が出来たのだ。

 ――ズサッ!
 切っ先が肉に食い込む音が聞こえ、乙矢の体に血の雨が降り注ぐ。壁から突き出た剣先は青銅色に光り、乙矢の鼻先で止まった!

「しょうざっ!!」


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