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弟矢 ―四神剣伝説―

第四十八話 守る為の戦い

 いや……まだ、偶然の可能性もある。一矢の行動に必死で理由を探す乙矢だったが、新蔵は容赦なかった。
「奴は、間違いなく蚩尤軍と繋がってる。俺たちをこの里に誘導し、引き離したのだ。理由は――お前か? 乙矢。奴はお前を憎んでる。しかも……殺してお終い、なんて単純なものじゃない。あの男は、一体何者だ!? 鬼にならず神剣を扱うのは、勇者ではないのかっ!」
 
 朽ちかけた『鬼』は、首を傾けたままゆらゆらと立っている。どうやら視界が定まらず、動けぬらしい。
 乙矢は『鬼』の動きに注意を払いながら、掴みかかる新蔵の腕を振り払った。
「一矢は勇者だっ! 勇者でなきゃならないんだ。――でも、なんでおきみまで狙われなくちゃなんねぇんだよ!」
 乙矢の問いに、新蔵は言葉を選び、真実を告げる。
「おきみが……目撃したのだ。『青龍』を盗み、里人を殺した下手人を……」
   
「それを早く言えよ! くそったれっ!」
 乙矢は手近にある家の壁を拳で殴りつけた。
 繋がる。認めたくないが、それで繋がってしまう。
 ――新蔵が一矢から預かったという脇差の正体も。それが一矢の手にあった訳も。そして、おきみが狙われる理由も。そして何より、乙矢は思い出してしまったのだ。一矢の言った決定的な一言を。

「正三を探さないと。武藤は神剣なんかなくても、十分、鬼になれる野郎だぜ」
 乙矢は顔を上げ新蔵に話しかけた、が……
「鬼って奴は……これだけ殺して、まだ血が足りんのか? ――乙矢、伏せろっ!」
 不意に獲物を見つけ『鬼』は襲い掛かった。どうやら、武藤はやたら丈夫な男を選んだようだ。その選択のまずさに舌打ちしたい気分だ。おまけに、どうにも正三とおきみのことが気になり、二人とも『鬼』に集中出来ない。
 その時、二人と『鬼』の間に数人の影が過ぎった。それは、蚩尤軍兵士の生き残りたちであった。
「寺の……左手を回って薪小屋のほうに向かわれたと思います。小川に抜ける小道がありますから。武藤は六人の側近を連れ、後を追いました」
「……なんで、俺らに教えるんだ?」
 しかも、一兵士が上官を呼び捨てなんて、普通あり得ない。
「我らは幕府に仕えるもの。武藤は蚩尤軍の将であっても、我が主ではございません! 私も生きて我が藩主の下に戻りとうございます。爾志家のご次男、乙矢殿でございますね。我が弟を救ってくれた、あなたを信じます」
「弟……って」
 その兵士の後ろで、刀を握り、震えながら立っているのは先ほどの少年兵士であった。
「ここは我らで、鬼を倒し、神剣を再びあの箱に納めます。どうぞ、お二方は遊馬の剣士殿の許へ……」

 その時、後方に幾つもの帯状の灯りが浮かび上がった。乙矢らが『鬼』を引きつけた間に、松明たいまつに火を入れたらしい。灯りは次第に増え、里を照らし始める。
「……乙矢」
 血を纏う炎の色が乙矢を包み込む。だが、彼の周囲だけ透明な膜が張ったかのようだ。それはしだいに色を帯び、乳白色となって揺らめいて見えた。猛り狂う『青龍の鬼』が放つ黒暗色とは、あまりに対照的だ。新蔵は、その柔らかい白い光に囚われそうになる。

「新蔵、俺も刀を借りる。挟み込もう。とりあえず鬼の始末をつけてから……」
「刀は貸してやる。すぐに織田さんを追ってくれ」
「新蔵? 何を言って」
「いいから受け取れ! 道中話してくれたであろう、武藤は姉上の仇だと。今のお前なら勝てる! 奴が神剣なしで鬼となるなら、お前は勇者となれ! 行けっ!」
 
 芝居掛かった大仰な台詞に、乙矢は面食らったが……あえて反論せず、新蔵の差し出す刀を受け取る。
「俺は、仇討ちはやらんぜ。でも、こいつは借りていく。――正三とおきみを連れて戻る」
 それだけ言うと、ダッと背を向け、駆け出そうとした。が、不意に立ち止まり、先程の兵士に声を掛ける。
「こいつ阿呆だからな。誤って神剣を掴みかねん野郎だ。気ぃつけてやってくれ」
「やかましい! とっとと行けっ!」
 結局、新蔵の怒号に追い立てられる乙矢であった。


〜*〜*〜*〜*〜


 壁を背に三方を囲まれた時、刀を握る手は汗を掻き、背中に冷たいものが伝った。
「……しょうざぁ」
 左手でスッとおきみを背中に庇う。正三の長刀は刃先が一尺ほど折れ、既に武器の役目を終えていた。遊馬の遠縁とはいえ、織田家に伝わる刀だ、決して鈍刀なまくらではない。この西国に入ってからの戦い続きに、人間同様、疲労困憊ひろうこんばいといったところか。脇差も既に、ただの飾りと化している。 

「手を取らせおって……悪あがきもこれまでだ」
 武藤はこれ以上ないほど苛立っていた。六人いた部下の四人までが、この男ひとりにられたのだ。実に巧妙に、己の間合いに引き込む術を心得ている。しかし、広い場所に引き摺り出し、取り囲めば……幼子を連れている分だけ不利だ。
 正三の右頬は裂け、血が滴り落ちる。折れた刃先が自らに襲い掛かったせいだ。危うく目を貫くところであった。
「惜しいな。もう少し深手なら、拙者と同じく箔がついたものを」
 正三を追い込み、余裕が出来たのか、武藤は軽口を叩く。
「貴様と同じに致すな。顔の造作が違う」
 いささか荒い息を吐き、窮地ではあるのだが、それでも正三はにやりと笑った。
「その減らず口がいつまで叩けるか。見ものだな!」
 
 武藤は一斉に襲い掛かるよう、残った二人に軽く顎を上げ、指示を出した。
 辺りは既に闇だ。通りの中心で焚かれた火は、寺を隔てた里の端までは届かない。もう二日も経てば新月となるこの時期、月はまだまだ顔を出さず、姿を見せても顔に影を作るのがせいぜいであろう。
「でぇいやぁぁぁぁぁっ!」
 正三の左から奇声が聞こえた。――陽動だ。咄嗟に見極め、手にした長刀を最後の使い道――正面の武藤に向かって投げつける。右に踏み出し、敵兵の懐に自ら飛び込んだ。空いた右手にはおきみの襟首を掴んでいる。そのまま、勢いをつけて、敵兵の後方に投げ飛ばす。これでひとまずは安全だ。同時に、左手で敵の脇差を抜き、奇声を上げた男に向かって投げた。仕上げは、敵兵の手から刀を取り上げ、喉笛を掻き切る。
 そして、その刀を構え武藤に向き合えば――少なくとも、対等になるはずであった。

「しょうざあっ!」
 地面を転がるおきみの叫び声に、正三はハッと振り返った。
「チッ……外したか」
 必殺を目論み、投げた脇差は喉骨を狙った。胸か腹にしておけば良かった、と思っても、後の祭りだ。間に合わない。
 だが、その瞬間、男は前につんのめった。まるで、足首でも掴まれたかのように――いや、正三の目に映ったのは、男のふくらはぎを斜めに突き刺し、地面に食い込む、見覚えのある刀であった。

「遅いぞ――乙矢」
 悲鳴を上げ地面に倒れこむ男の背後から、乙矢が顔を出す。それを見て、おきみの顔がぱあっと花開く。
「おとやぁっ!」
 どうやら幼い少女の目まで、闇に慣れたようだ。乙矢は「よっ!」とおきみに向かって軽く手を上げた。
「なんで俺って判った?」
 正三が新蔵の刀を見間違える訳がない。と、いうより……
「なぜ、貴様がここにおる。何ゆえ、生きておるのだ!」
 武藤は動きを止めた。その目つきは、まるで鬼か幽霊でも見たかのようだ。

「背を向けた敵の足を狙う奴など、私の知り合いではお前だけだ」
 呆れた口調ではあるが、正三は明らかにホッとした表情をしている。   
 
 それに比べ――狩野は、精鋭部隊はどうなったのか? しかも、武藤の顔を見るだけで、怯えて震えていた少年はもういない。己の意思を持つひとりの男が、そこに立っているのだ。
「なぜだっ! なぜ、何一つ思い通りにならぬ!」
 武藤はそう叫ぶと、おきみに向かって走った――。


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