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弟矢 ―四神剣伝説―

第四十三話 剣士の誓い

 そのまま、腰から鞘ごと長刀を引き抜くと、右手に持ち替え……なんと、乙矢の前に正座したのだ。
「ど、ど、どうした? なんなんだ?」
「俺はお前に、礼を言わなきゃならんことがある」 
 新蔵はそう言うと、両手を地面についた。
「さっきのことなら、おあいこだぜ。お前だって俺を助けて……」
「違うっ! 先ほどの件は……確かにお前を殺そうとしたのは申し訳ないと思う。だが、元はと言えば、お前が里から逃げ出したのが原因だ! 弓月様の気持ちを捉えながら、すぐにフラフラしおって!」

「……礼がどうとか言ってなかったか? 正座してまで説教すんなよ」
 直径四尺はありそうな太い幹にもたれかかり、呆れたように乙矢は言った。
「う……。いや、だから……。高円の里での件だ」
「は? あそこで、お前に礼を言われるようなことは」
「俺が、織田さんを斬ろうとしたのを止めただろう? 長瀬さんの言葉が間違ってるとは言わん。遊馬の剣士として死ねるなら、それは俺たちにとっては誇りだ。――お前には判らんだろうが」
 
 だいぶ痛みの治まった肩に袖を通しながら、乙矢は答える。
「判らなくはない。ただ、それが正しいと思えねぇだけだよ」
 新蔵は少し視線を落とし、見るとはなしに、ジッと地面を見つめるようにして呟いた。
「俺は……捨て子なんだ」
「え? 捨て子って」
「ちょうど、弓月様がお生まれになったその日に、遊馬の領地に置き去りにされた。そのまま行き倒れになって野垂れ死ぬ所を、宗主様に助けて頂いたのだ。……めでたい日に、子供の死人は出したくないと言われてな」
 それには乙矢も驚いた。なぜなら、新蔵は弓月のことを名前で呼んでいる。それは、四天王家と大差ない、身分ある家柄の出なのだ、と思っていた。
 乙矢自身は、身分を気にする性質ではないが、長瀬などは真っ先に文句を言いそうなものだ。

「そのまま、屋敷の隅に置いて貰えて、剣術まで教わった。そんな俺の面倒を見てくれたのが、織田さんだったんだ」
 新蔵が正三の名を呼ぶ時の声は、少年が兄のことを語る口調だ。逆もそうである。正三が新蔵を見る目は、大切な者を庇う眼差しだ。――その時、ふと気が付いた。二人はまるで実の兄弟のように見える。そして、自分と一矢はなんとその姿から遠く離れてしまったことか。
 クッと乙矢は唇の裏側を噛み締め、込み上げた嫉妬の感情を、新蔵に悟られないようにした。

「なあ、もし、もう一度同じことが起こったら……お前はどうする?」
 それは酷な質問であった。でも、乙矢には出せない答えを、新蔵に出して貰いたかった。――兄を斬れるか? と。
 だが、悩むことなく新蔵は答えた。
「斬る。そうしろと、俺は織田さんに教わった。でも――だから、お前に頼みたいんだ。俺には選べない答えを、選んでくれるお前に」
 答えをそのまま投げ返され、乙矢は苦笑するしかない。
「調子のいい奴……自分には出来ねぇけど、俺にはやれってか?」
「真面目な話だ、乙矢。お前が、真の勇者かどうかは判らん。だが、お前が弓月様を守り、四天王家再興と神剣奪還のため、戦うと言うなら……。俺は、お前を主君と崇め、忠臣となることを誓う」
「忠臣ってお前……。いらねぇよ、そんなもん」
 半分笑いながら、乙矢は顔の前で手を振った。
「貴様! 俺は真面目に言っとるんだぞっ!」
 乙矢のふざけた言動にカッとなり、ついつい襟首を掴んで締め上げてしまう。
 だが、
「頼まれなくても弓月殿は守る。誰も死なせたくないから、そのためになら戦う。臣下なんぞいらん。第一、お前は仲間じゃねぇか」
 照れ隠しで笑った残りの半分は、至極真面目な表情の乙矢であった。


〜*〜*〜*〜*〜


「おきみ、怪我はないか?」
 正三の問いに、おきみはコクンと首を縦に振った。西日が二人を照らし始める。暮六つにはもう少しといった辺りだろう。二人は今、里を少し離れた森の中にいた。

 
 正三が本堂にいた時、扉を破りドカドカと入り込んで来たのは、血気に逸った里人だった。それも、比較的若い連中だ。それぞれが手になたすき、担ぎ棒など武器になるものを持っている。
 正三には何事が起きたのか見当もつかない。だが、あの様子からすると、紛れもなく、鉈を振り下ろす目標が自分であることは明らかだ。小部屋の引き戸越しに覗き込んでいたが、そのまま静かに屈み込む。右手で懐から手拭いを取り出し左手をきつめに縛った。赤い道標を残しながら、逃げるのは愚かであろう。引き戸はあえて閉めず、正三はそのまま後退しようとした。――その時だ。

「やっぱり、一矢様の言われる通り、本堂に上がり込みよったぞ! 奴も乙矢の仲間なんだ!」
「一矢様が、蚩尤軍が入らんようにと、張っていかれた結界を破りに行ったんだ!」
「奴は、俺らを皆殺しにする気だ! そうだろ!? ほんとは話せるんだろうが! 答えんか、おきみっ!」

 その言葉に、正三の足は止まった。なんと、連中は、五つかそこらの幼子に、出刃包丁を突きつけている。
(どうしてあの少女が!?)
 そう思った直後、正三は胸のつかえが取れるのを感じた。
 ――そうだったのだ。何故、これほど単純な手に引っ掛かってしまったのか。 
 そうなれば、目標は自分だけにあらず、おきみも危ない。
 恐る恐る奥にやってくる里人の視界に入らぬように、暗がりを移動して、祭壇の近づく。連中は六人……外にはまだいるだろうが、本格的に手合わせするつもりはない。
 正三は、手近にあった予備の蝋燭を一本取ると、本堂の反対側に向かって放り投げた。
 
 カターン、カタカタ、コロコロ……
 
 不意に後方から聞こえた音に、全員振り向き、身構えた。
 その隙を狙って、正三はひと息で蝋燭を吹き消す。辺りは一瞬で闇に落ち――目を瞑り、三つ数えた。そして、目を開けた瞬間、正三は彼らに向かって走った。
  
 慌てふためく里人の懐に飛び込むと、脇差を鞘ごと引き抜き、得物だけを狙って叩き落した。少女だけ奪い走り去っても良かったのだが……闇に対する恐怖から刃物を振り回し、同士討ちで死なれては寝覚めが悪い。
 正三はそんな自分を思わず苦笑した。
 それほど、甘い人間ではなかったつもりだが、どうやら良くも悪しくも乙矢の影響らしい。
「よいか。このまま抱えて逃げる。決して、暴れるんじゃないぞ」
 返事の代わりにおきみは、正三の袖をギュッと握り締めた。



 ――「奴らを殺せ! 敵だ! 敵は殺さんとならん!」
 それは、逃げる正三の耳に届いた言葉だ。
 寸分違わぬ台詞を彼は覚えていた。神剣を抜いた時、脳裏に響き渡った鬼の声である。どうやら神剣の鬼は一旦目覚めると、結界の中の人間にまで影響を及ぼすらしい。
 だが『青龍』は『白虎』や『朱雀』に比べ、それほど強い力はない。鬼が宿る人間が必要だ。
 そこまで考えた時、正三の背筋を微弱な電流が伝った。
「やはり、来たか……」
 正三の緊迫した声を聞き、おきみは泣きそうな顔になる。震える少女の肩を抱き寄せ、
「心配致すな、私が守る。なぁに、今は礼には及ばぬ。十年……いや、十五年先が楽しみだ。忘れるなよ、おきみ」
 余裕の笑顔を見せる正三に、おきみもキョトンとして微笑み返す。
 そして、おきみに見えぬように、手の平の汗を拭う正三だった。


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