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弟矢 ―四神剣伝説―

第四十話 真実の扉

「なぁ新蔵、こいつらは……お前が連れてきたわけ?」
「ば、馬鹿を言うなっ!」
 新蔵は咄嗟に刀を抜こうとしたが……腰にあるのは鞘のみ。慌てて落とした刀を拾い上げる。
「いや……まさか……お前が俺を嵌めたんじゃあるまいな」
 今度は、新蔵が乙矢を疑い始める。
「あのなぁ。だったらそいつらに聞いてみろよ」
 この時、乙矢には真実が見えた気がした。でも……それは信じ難い、信じたくないものだ。彼は、直視できず、再び目を逸らす。

「狩野様のご命令だ。遊馬の師範が爾志乙矢を殺した後、始末せよと言われたが……。丸腰の腰抜け一人殺せんとは。役立たずばかり揃ったものだ」
 部隊の指揮官だろう。彼は自分の言ってる意味に気付いているのだろうか?
 わざわざ狩野の名を出す辺りも胡散臭い。第一、その狩野は何処へ行ったと言うのだ。それに、あの武藤小五郎がもし、弓月を狙ったら……。

 乙矢の胸に、為す術なく姉上を奪われた時のことが甦る。
 『白虎』を差し出した乙矢に、武藤は、下卑た声で笑いながら言った。「貴様の姉は、拙者の子を孕んだやも知れんな。その時は、妾として引き取ってやろう」と。
 悔しくて、苦しくて、唇が切れるほど噛み締め、奴の嘲笑に耐えたのだ。乙矢はそれでも、姉が戻って来ることを願った。生きてさえいれば、もう一度、幸せになれるはずだ、と……。だが、女の身にそれは死ぬより辛いことだったのだろう。
 もし、弓月の身に同じことが起これば……それだけは、絶対に許せない。たとえ刺し違えても、奴にだけは指一本触れさせはしない。
 だが――今の弓月を守る資格は自分にはないのだった。
 弓月は一矢が守る。一矢が、あの武藤に負けるはずはない。一矢がいる限り、弓月に危険が及ぶことはない。一矢が……。 


「ちょっと待てっ! では貴様、俺をつけて参ったのか!」
 窮地にも関わらず、思考が堂々巡りをし始めた乙矢を、新蔵の怒声が現実に引き戻した。
 ――敵は少しずつ、二人を取り囲みつつ動いている。
 それ以外にも、乙矢には思い出したことがあった。しかし、どうやら脳ミソが沸騰状態の新蔵は、迂闊にも敵の誘いに乗り、歩を進めつつあった。このままでは敵陣に引き摺り込まれ、四方から挟撃されてしまう。 

「気付かなんだのか? 遊馬の師範とやらは、間抜けでも務まるのだな」
 とことん馬鹿にされ、怒りのあまり、耳から泡が吹き出しそうだ。血管が浮き出るほど刀を握り締めると、新蔵は敵将目掛けて、先制攻撃に出ようとした。
 だがその瞬間、乙矢は慌てて新蔵の腕を掴み引っ張る。
「待てよ」
「止めるな! 悔しいが、奴らにつけられたのはこの俺だ。カタは俺がつける! 遊馬一門の名に掛けて!」
「偉そうに言ってるが……破門されたんだろ?」
「貴様ぁ、こんな時に気勢を削ぐようなことを言うな!!」
「落ち着けよ。長瀬のおっさんに、しょっちゅう言われてるだろ? 考えてから動けって。――なんか変だ。考えたくねぇけど……」
「変って……そんなこと言ってる場合か?」

 乙矢は、先ほどからしきりの新蔵を挑発している蚩尤軍の敵将に向き直った。
「なあ、あんたって、宿場で俺を監視してたよな? こいつらが来た直後、襲って来た連中の一人だよな?」
 そうだ。この男は、いや、ここにいる全員、西国に配備された蚩尤軍精鋭部隊と呼ばれる連中であった。一応、武藤の配下となるが、今は、仮面の男の指示で、狩野と共に乙矢を襲う計画だった。それが、所用を思い出した、と狩野が何処かへ消えてしまったのだ。

「だからなんだ? また、命乞いか?」
「あの蛇野郎に、新蔵が俺を討ちに行くなんて何で判るんだ? それに、今になって腰抜けになったわけじゃねえぜ。この一年間、いつだって殺せたはずだ」
 
 生かされているのには理由わけがある。乙矢はずっと、一矢を釣り上げる為の餌だと思っていた。だからこそ、一矢の無事さえ確かめれば、いつ殺されても構わないと思って生きてきたのだ。
 その思いは、一矢に再会して更に強まる。
 一矢は、新蔵に弟を斬れと命じたのだ。『白虎』の件で、決して自分を許してはいない。自分は勇者の心を乱し、惑わせるだけの存在なのだ。
 本当なら、兄の身代わりとなっても、役に立って死にたかった。せめて、それが同じ顔を持つ勇者の二番矢おとやと定められた、存在理由だと信じて。

「答えろよ。一矢が現れたからだよな? 餌がいらなくなっただけで、決して、一矢が望んだからじゃないよなっ!」
「……我らは命令に従うのみ。そのようなことは、我らの知るところではない」
 乙矢の言葉も、敵将の言葉も、新蔵にはさっぱり判らない。
「お、おい乙矢。どういう意味だ?」
「一矢は、俺を殺せってお前に命じたんだろ?」
「そ、それは……一矢様はお前が里人を殺して、神剣を奪ったと思ったからに決まってる。身内の恥は自らが、と思われて」
「それは……ないよ」
「えっ?」

 乙矢は口の中で繰り返す。――それはありえない。
 なぜなら、夜明けと同時に里を出る時、一矢は自分を見送ったのだ。くれぐれも、弓月を頼むと頭を下げ、乙矢は背を向けた。あの時、乙矢が背中に感じたのは、紛れもない「殺意」だった。
 
(これが一矢の……兄の答えか?)
 そう思うと、知らず知らずのうちに涙が込み上げてくる。
 兄に従うと決めて8年、ずっとその足元にひれ伏してきた。命すら捧げる、忠実な飼い犬だったはずだ。
 父上には罵倒され、周囲からは嘲笑され続けてきた。愚か者、意気地なし、役立たず、腰抜け、恥知らず……ありがたくもない冠号ばかり山ほど貰った。一矢の望む弟でいたはずなのに……。


「……とや! 乙矢っ! 何やってんだ、てめぇ退け!」
 罵声と同時に突き飛ばされた。木の幹に痛めた左肩をぶつけ、思わず呻き声が漏れる。しかし、お陰でいささか正気に戻ってきた。
 気がつくと、新蔵は必死で蚩尤軍の攻勢を凌いでいる。
「おい! ぼおっとするな! 戦えっ!」
 新蔵の隙を見つけて、乙矢に斬り掛かる兵士を横から薙ぎ払う。しかし、乙矢を守るのに気を取られては、今度は自分自身が危うくなる。
 戦わねば、今度こそ殺される。だが……それが一矢の願いなら、ここで死んでも構わないように思えた。
 とはいえ、新蔵を巻き込むことは出来ない。
「俺を……俺を殺せばいい。こいつには手を出すな! 俺の首を狩野の元に持って行けばいい」
「おいっ、この腰抜け! 寝言は寝て言えっ!」
「ああ判ってる。俺は本気だ。爾志家には一矢がいる。元々俺は余計だったんだ」
「お前こそ落ち着け! 考えてから言え! 死んでからは考えられんぞ!」

 その時、キリキリと弦を引く音が聞こえた。敵将がその手に弓矢を持ち引き絞っている。
「確かに同じ顔が二つは目障りだ。その名に相応しい死に方をさせてやろう」
 パッと手を離した瞬間、矢は一直線に乙矢の心の臓を目掛けて飛んできた。
「乙矢、避けろっ!」
 覚悟を決めると乙矢は静かに目を閉じた……。


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