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弟矢 ―四神剣伝説―

第三十二話 消えた勇者と神剣

「姫っ!」
 翌朝一番、弓月は長瀬によって叩き起こされた。ようやく夜が明けた時刻だ。
 里に落ち着いて、というより……思えば、乙矢が傍に居るようになって、弓月はきちんと眠れるようになった。
 だが、こうやって起こされれば、
「どうした! 奇襲か!」
 咄嗟に敵襲を思い浮かべ、弓月は飛び起き、枕元の刀を掴んだ。
「武器庫が襲われました! 見張りが殺され、神剣が……『青龍』一対が奪われました!」 
 弓月は驚きのあまり言葉が出ない。だが、
「なぜだ! 『青龍』は、一矢殿に預けたはずではないか?」
「それが……」

 『青龍』一対を揃えて抜いた訳ではないが、一矢のことは、皆が勇者と信じていた。だからこそ、弓月も一矢に預けることに同意したのだった。しかし、そのことに凪が異を唱えた。
 凪は、『青龍』は遊馬家が守護する神剣、爾志家の人間の手に委ねるのはおかしい、と言ったのだった。
 それは、弓月が感じた不安を信じ、神剣を弓月と自分が分けて持つための言葉だったが……。
 一矢は、弓月や他の者が再び剣を抜き、鬼と化す可能性を指摘した。代案として、かつてこの里で武器庫として利用されていた建物に再び鍵を付け、見張りを立てた上で、そこに保管することを進言したのだった。
 そして、そのことは弓月に知らされてはいなかった。彼女に言えば、どれほどの危険を伴っても、自分自身で神剣を守ると言い出すのは、目に見えていたからである。
 
 口ごもる長瀬を退け、弓月は刀を手に武器庫へ駆けつける。そこには、交代で見張りに立っていた里人二名の死体が転がり、大勢が群がっていた。
 そこには、一矢の姿もあった。
「弓月殿、注意して下さい。まだ敵が潜んでいるやもしれぬ」
「私は大丈夫です。戦えぬ者を一箇所にまとめ、逃がす準備を致しましょう」
「いや、それより……」
 何か言い掛けた一矢のもとに、里人の一人が小さな女の子を連れてやって来た。

「一矢様っ! この少女が下手人を見たと言っております!」
「何!?」
 一瞬で周囲は色めき立つ。
「それはどんな連中だ!? 覚えていることを話すのだっ!」
 新蔵に大声で問われ、五つ六つの少女は怯えて黙り込んだ。
「よさぬか、新蔵。――怖かったであろう。もう大丈夫です。何か、覚えておりますか? 何でもいい……思い出して話して欲しいのです」
 突如、少女は弓月に縋って泣き始める。少女の名はおきみと言った。先日の一件で両親を目の前で殺された。しかも、母の首が落ちた瞬間を見ていた。そう――弓月が助けた幼子はおきみであった。

「おきみ……見張りを殺し、武器庫に侵入した下手人の顔を、見たのですか?」
 震えながらコクンと肯く。口をパクパクさせるが、音が出ない。
「姫さん。この子は、親が死んでから言葉を話せんようになったんです」
 弓月は、髪を左右に括り、あどけない面差しの少女の肩を引き寄せ……ギュッと抱き締めた。おきみは、家族全てを失った、弓月自身のようだ。そう思うと、弓月の胸は張り裂けそうになる。だが、ここで泣くわけにはいかない。
「おきみ、絵に描けますか? それとも、なにか判りやすい特徴が……」
 そこまで言った時、おきみは顔を上げ弓月の後ろを指差した。
 ――おきみが示す先に立っていたのは、一矢であった。

 周囲は息を呑む。
「あの……お方が下手人と言うのか?」
 おきみは再びコクンと肯くと、そのまま弓月に抱きつき顔を隠した。
「一矢様……これはどういうことでござるか?」
 長瀬も訳が判らず、一矢に問い掛ける。
 そして、それまで黙っていた一矢が、深刻な表情で顔を上げ、口を開いた。
「乙矢はどうした? 誰か、乙矢をここに連れて参れ!」
 そう言ったのだった。


〜*〜*〜*〜*〜


 一矢の言葉に、慌てて新蔵らが乙矢の部屋に駆け込む。しかし……そこはもぬけの空だった。
 里中を探しても乙矢の姿はなく。一矢はその報告を受けると、沈痛な面持ちで呟いた。

「やはり、そうだったのか……」
「どういうことです? やはり、とは、どういう意味ですか!?」
 弓月の問いに、一矢に代わって長瀬が答えた。
「姫……そこのおきみは、一矢様の顔を見たと言った。そして、この里から乙矢の姿が消えた。それが意味するものは……」
 言葉の意味を悟った瞬間、弓月は叫ぶ。
「馬鹿を申すなっ! 乙矢殿が何ゆえ『青龍』を奪う? あの乙矢殿が……罪もない里人を殺すと思うのか?」
「しかし、実際に、奴は何処にもいないんですよ! 神剣を奪い、見つかる前に逃げたんだ。あいつはやっぱり、裏切り者だったんだ!」
「新蔵……」
 弓月は新蔵の剣幕に驚きを隠せない。だいぶ歩み寄りを見せていたはずなのに、これではまるで、出会った当初に逆戻りだ。
 そして、裏切り者、の声が、里人の中からも上がり始める。夫を、父を殺された、女たちのすすり泣く声に、少しずつ……少しずつ、悪意が毒のように里を覆い始めたのだ。

 弓月は軽く頭を振ると、気を取り直し、口を開いた。
「待て、新蔵。乙矢殿が我々を裏切るつもりなら、あれほどの傷を負ってまで、私や正三を守ろうとするわけがないだろう? きっと……その辺に散歩に行かれているだけだ。すぐに戻って」
「姫。姫……落ち着いて下され。これほどの大騒ぎをしているのですぞ。近くにいるなら、気付かぬはずはござらん。それに、荷物は全て持って出たようでござる」
「そんな……そんなはずはない! 何かの間違いです。いや、ひょっとすれば乙矢殿も襲われて傷を負われたのやも知れませぬ! 私は乙矢殿を探しに行きます!」
 踵を返し、里から出ようとした弓月を一矢は引き止めた。
「放して下さい!」
「ならぬ」
「何故です? 乙矢殿はあなたの弟ですよ? 心配ではないのですか?」
「残念だが、皆の言う通りやも知れぬ。神剣を奪い、里人を殺したのは……乙矢かも知れぬのだ」
「何を仰います! あなたは……」
 一矢の言葉に弓月はカッとなった。激昂して言い返すが、そんな弓月に一矢は信じられないことを口にしたのだった。
 
「一年前、『白虎』を神殿から盗み出し、蚩尤軍に渡したのは――乙矢なのだ」


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