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弟矢 ―四神剣伝説―

第三十話 赦されぬ贖罪

「たわけっ! その神剣で『白虎の鬼』が作られ、父上は闘って首を刎ねられ……母上も殺された!」
「それは……」
「お前が助けようとした姉上も、武藤とやらに辱めを受け、首を吊って果てたのではないか? お前は誰ひとり、助けることなど出来なかった! あれほど言ったはずだ。何もせずとも良い、と。なぜ、私の帰りを待たなかった!」
「そ、れは……」

 一粒……二粒、と涙の雫が板間を濡らした。言葉に出来ず、乙矢の頬を涙が伝う。



 乙矢の目の前に、父の首が転がった。
 刀を手に闘うどころか、乙矢は腰が抜け、膝が震え……逃げることも出来ず、床に這いつくばった。
「乙矢っ! 逃げろ! お前は生きねばならん!」
 父の最期の言葉だ。
 乙矢を庇った母の体から噴き出した血で、視界は真っ赤に染まる。そして、誰も庇う者のいなくなった乙矢の頭上に、再び『白虎』の両刃が煌いた瞬間、仮面の男が背後から、鬼を一刀両断にしたのだった。

「お前のおかげで、封印された神殿から『白虎』を持ち出せた。お前の命は助けてやろう。嬉しいであろう? 名誉も誇りも家族の命すら売り渡して、助かった気分は最高であろう?」
 仮面の奥からくぐもった声で言うと、男はさも嬉しそうに笑った。
 首だけとなった父は憤怒の形相で乙矢を睨んでいる。血の匂いにむせ返る地獄絵図の中、微かに息のあった母が乙矢の腕の中で最期に言い残した。
「おまえの……せいでは、ない。剣を、取れずとも……お前は……わたしの息子、です。いばらの道を、歩かせるやも、知れません。……ゆるしてちょうだい。乙矢……霞と一矢を……守ってやって、お願」
 母は姉が自害したことを知らずに逝った。乙矢には、どうしても言えなかった。
「母上、母上ぇ……母上えぇっ!!」



 兄姉を守れ、と言った母の真意は不明だ。本当は、一矢に守ってもらえ、と言いたかったのかも知れない。

「た、ただの……強盗だと、神剣目当ての……それだけだと思ったんだ。俺は……俺には誰一人守る力はないから。神剣と引き換えに助けられるなら、って……そう」
「お前が、父上や母上を殺したんだ。爾志に仕える一門も、皆、お前が殺した」
「……」
 それは、真夏だというのに、背筋が凍るような冷水に匹敵する。
 一矢の言葉は、容赦なしに乙矢を打ちのめした。乙矢はこの時、一矢の自分に向ける憎しみを知る。両親と姉、一門の全てを死に追いやった乙矢を、赦したくても赦せずにいるのだ、と。

「弓月殿は『青龍』を命がけで守り、仇を討つまでは諦めぬと言われた。そんな彼女が、お前の所業を知れば……」
「俺は……俺は、弓月殿に懸想などしてない。ただ、一矢の代わりに守れたら……盾になりたいと思っただけなんだ。本当にそれだけで」
「ならば、事の真相を話しても、差し障りはないのだな」
「それは……」
 何度も庇ってくれた。皆に馬鹿にされても、乙矢は弱くはない、と言ってくれた。でも、悪気はなくとも、浅はかな了見で『白虎』を敵に渡し、一門を皆殺しにされたと知れば……。

「それだけは勘弁してくれ。頼む。妙な考えは抱いてない……でも、そこまで愚かだとは知られたくないんだ。頼むよ、一矢。お願いだ」
 乙矢はその場に膝をつき、泣き崩れるように一矢に頭を下げた。
 ――少しは変わったかと思ったが。
 昔と変わらぬ乙矢の腑抜けぶりに、一矢は何故か安堵を思わせる笑みを浮かべた。その途端、今度は乙矢の肩を抱き、優しげな声で話し始める。
「すまぬ。お前を一人にした私の失態だ。わざとでないにせよ、お前には生涯消せない罪を背負わせてしまった」
 乙矢は一矢の手の温かさにホッとしていた。一矢の言葉を受け入れ、頭を下げて泣きつけば、一矢は昔と変わらぬ優しい兄なのだ。
「乙矢、お前のその優しさ……心の弱さに、また付け込まれないとも限らない。奴らがもし、弓月殿の命を盾に『青龍』を寄越せと言ってきたら? 或いは、私を殺せとお前に命じるやも知れぬ」
「そ、そんな……俺に、一矢が殺せると思うか? そんなまねだけは死んでも出来ない」
「それに、奴らがどうやって『白虎』を手に入れたか……。遊馬一門の耳に入れば、お前は裏切り者として断罪されるやも知れぬ」
 その声は心底、弟の行く末を案じたものであった。
 乙矢にとって一矢が欠かせぬ存在であるように、一矢にとってもまた、乙矢は得がたい存在に違いはない。

 しかし、一矢の心配をよそに、乙矢は心を決めたように言う。
「それは……仕方ないと思ってる。決して裏切るつもりなんかなかった。でも、結果的に俺のせいで父上も母上も殺された。その罰を受けろって言われたら……切腹とか、最悪、打ち首になっても仕方ないよ。その時は、弓月殿に知られることも……」
「この里を出ろ」
「え?」
「私が戻った以上、もう、戦いを長引かすつもりなどない。お前が蚩尤軍に通じているのでは、と疑心暗鬼になり、戻るに戻れなかったが……。お前に会って、裏切り者ではない、と確信した。お前は一足先に爾志の領地に戻り、出来る限り人目に付かぬように身を潜めておれ。よいな」
「ま、待ってくれ。そんな、ここまで来て俺だけ逃げ出すわけには行かないよ。そりゃ、一矢のような勇者にはなれないけど。でも……せめて、弓月殿を守る盾にはなれる。なりたいんだ! 罪を償う機会を与えてほしい……頼む」
「馬鹿者! 貴様がいるだけで危険だと何故判らぬ。あの時、私の到着がわずかでも遅れていれば、弓月殿だけでなく、遊馬一門は全滅であった。違うか?」
 それは、一矢の言う通りだった。弓月を守ると言っても、乙矢のやり方では中途半端この上ない。本当に守ったことにはならないのだ。

「それに、乙矢。お前、『青龍二の剣』を抜いたのであろう? お前が鬼と化し、弓月殿を殺したかも知れんのだぞ!」
 その言葉に、乙矢は顔を上げ、力強く反論する。
「俺は弓月殿は斬らない! ……絶対に、だ!」
 そのあまりの剣幕に、一矢は眉を顰める。

「何故、そんなことが言える?」
「それは……」
「それは、私と弓月殿を賭けて戦いたいということか?」
「違う。そうじゃなくて……」
「三日以内に、誰にも何も言わずこの里を去れ。弓月殿は私の花嫁となる女子だ。必ずや私が守り抜こう。乙矢……お前のためなのだ。私は、お前を罪人にしたくはない。――もう、戦わずともよい。後は全て私に任せれば良いのだ」
「……」
 乙矢は一言も言い返せなくなった。弓月を守る役目は、許婚である一矢が果たすという。
 そして、駄目押しのように、
「乙矢、お前は神剣など守りたくはないのだろう? この件が終われば、お前は爾志の名に縛られることはない。神剣の守護に命など賭けずとも良いのだ。四天王家、爾志一門の復興は、必ずや私が果たそう。――お前は自由だ」
 
 それらは全て乙矢が口にしては、父の怒りを買い、母を悲しませてきたことでもあった。爾志の名に未練などない。剣を捨てることにも……いや、もともと脇差すら持ってはいない。
 だが、今の乙矢が欲しいものは――穏やかな未来に、自身の傍らで微笑む弓月の姿であった。


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