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弟矢 ―四神剣伝説―

第二十四話 守るということ

「お、乙矢殿……なぜ、こんな無茶を」
 弓月の声は涙で上ずり、苦悩が滲み出ていた。

 乙矢の左肩に、『青龍二の剣』が突き刺さっている。いや、こうするために、乙矢は飛び込んだのだった。
 長瀬は「拙者が囮になる。『青龍』はこの身で止める」そう言った。鬼の目覚めた神剣を、正三の手から引き離せばいい。そのために、乙矢は自分の体を鞘代わりに使ったのだった。そして、引き抜かせないため、乙矢は正三の両手を渾身の力で掴む。
「正三……しっかりしてくれよ。弓月殿を斬ってどうすんだよ。頼むから、戻って来てくれ」

 ――敵だ。斬れ。斬らねばならぬ。さあ、勇者よ、敵を斬るのだ。

「斬れ……敵だ。斬らねばならない……敵を」
 すぐ近くで聞き、初めて正三の言葉が聞き取れた。まるで呪言のように、口の中で繰り返し、繰り返し呟いている。乙矢は、それを打ち破るように、声を張り上げた。
「俺は敵じゃねえっ! 正三、目を覚ませっ!」
 その瞬間、濁りかけた瞳に色が戻り、大粒の涙が浮かび上がる。
 正三の口が微かに開き、乙矢の名を呼んだ。
「おと……や、おれを……ころ……せ、たの……」
「断わる! 俺はお前を死なせない。戻って来いよ!」
 正三の心は、文字通り命懸けで鬼と闘っていた。だが、離れた位置にいる長瀬らは、それに気付くことが出来ない。

「今だ、新蔵! 正三を斬れっ! 奴は鬼だ。もう……元には戻らぬ」
「そんな、俺に織田さんを斬るような真似は」
「ならば、拙者が……」
 ふらつく足で、長瀬は立ち上がり、刀を抜こうとする。
「お止めください、長瀬さん。俺は」
 新蔵は迷いつつも、刀の柄に手を掛けた。
「待てよ。ダメだ!」
 乙矢は、何としても二人を止めようとするが……さすかに神剣が左肩に突き刺さったままでは、出血も激しく意識を保つのが精一杯だ。
「斬れ! 斬らぬか、新蔵! 奴は姫を斬ろうとしたのだぞ!」
「くっ! うおぉっ!!」 
 その一言で、新蔵は迷いを振り切るようにして正三に斬り掛かった!


「やめろぉっ!!」
 正三の耳に不意に乙矢の声が飛び込んできた。その瞬間、正三の手は『二の剣』から離れ、そのまま前のめりに倒れこむ。
 しかし、状況が今ひとつ判らない新蔵は、そのまま正三に刀を振り下ろした。考える間はなかった。乙矢は丸腰で、手近にあったのは、左肩に刺さった剣のみ。
 乙矢は咄嗟に柄に手を掛けた。
「くっそおぉ――うおおおおりゃあぁっ!」
 腹の底から声を上げると、左肩より『青龍二の剣』を引き抜いた!
 正三に向かって振り下ろされる刀を受け、そのままの勢いで真横に薙ぎ払う。衝撃に吹き飛ばされ、新蔵は地面に転がった。


 神剣の波動が声となり、乙矢の心に押し寄せる。まるで右手が柄と一体化したようだ。そこから鬼が体内に潜り込み、脳内に直接語り掛けてくる……。

 ――奴は敵だ。斬り捨てろ。さあ、お前にはその資格がある。

「……るせぇ」
 
 ――敵を殺すのが勇者の使命だ。斬らねばならぬ。
 
「……うるせぇってんだ」

 ――お前なら可能だ。お前は選ばれた勇者だ。目の前の敵を斬り捨てろ。お前は誰よりも強い。誰にも負けない。さあ、斬れ。

 強くなりたいと思った。一矢のようになりたい、と。もし、自分が選ばれた勇者なら、弓月を得ることが出来るかも知れない、と。
 乙矢の中で眠る何かが、鎌首をもたげるように目を覚ました。一矢の影、生まれるべきでなかった自分、永久に出番のなさそうな二番矢を神剣は選んだという。
 鬼は乙矢の耳を塞ぎ、視界を阻んだ。
 
 
〜*〜*〜*〜*〜


「――鞘を持って参れ」
 武藤小五郎は近習の者に命じ、『一の剣』の鞘を用意させた。
 鬼になると判っていて、自ら抜く者はいない。縛り上げ、阿片で正体不明にしておき、抜き身の神剣を持たせる。次に覚醒した時は、殺人機械の出来上がり、ということだ。
 ただ、頃合を見て、止めるのが至難の業だ。自軍からもかなりの被害を出した結果、鉄砲隊か弓部隊で遠距離から仕掛けておき、いよいよ最期に止めを刺しに行く、といった感じか。
「弓部隊が全滅と聞いて憂慮したが……愚か者が自ら犠牲になりおったわ」
 武藤はホッとしてそんなことを呟いた。

「鬼には鬼、か。さて、最後の鬼は誰が倒す?」
 狩野天上の嘲笑を含んだ声に、武藤は反論する。
「知れたこと。仲間を救おうとすれば、犠牲が出るのは必須。一人でも奴らの数が減れば、あの方も、お喜びになられるであろう」
「減らぬ時は?」
「鬼と化した男は確実に死ぬ。遊馬の剣士なら、この……腕の持ち主とは比べ物にならぬ。易々と、仕留められるとは思えんな」
 そう言いながら、鞘に納めた神剣から柄に執着する腕だけを引き剥がした。未だ神剣を探しているのか、わずかながら痙攣するそれを、武藤はゴミのように投げ捨てる。
 どうせ、いつもながらの薄ら笑いを浮かべているのであろう、と狩野を見た瞬間、動きが止まった。言葉もなく、一点を凝視したままだ。
「――狩野様? どうなされた」
「鬼の動きが止まった。愚か者が増えたか……或いは」
 感情の消えた狩野の顔は、まるで能面のようだ。ハッとして、武藤が柵の向こうに視線をやったその時、この日、三度目となる神剣の波動を捉えた。ご神体よろしく、桐箱に納められた『青龍一の剣』からも同じ気が立ち昇る。
「なにぃ! 今度はいったい」
「余計な者を……目覚めさせたやも知れんな。私も行こう」
「お待ちくだされ、狩野様。ここは、拙者が決着をつけて参る。手出しは無用に願おう。――全員突入だ!」
 武藤の声に蚩尤軍は、里の中央に向かってなだれ込む。
「貴様はそれを持ってついて参れ」
 近習の一人は恐る恐る桐箱を抱え、武藤の後に続く。いざと言う時は……。


〜*〜*〜*〜*〜


 気がつくと、弓月の目の前に、左肩を真っ赤に染め乙矢が立っていた。その手には『青龍二の剣』がある。
 次は、乙矢が自分に斬りかかるのだろうか? 弓月には為す術がない。だが、

「が、う。……ちがう。違う。違う! 俺が……俺が欲しいのは、守る強さだっ!」
 突然、乙矢が叫んだ。
「……おとや、どの?」
「うるせぇ! 勇者なんかどっちでもいいんだ! 誰も斬りたくないって言ってんだろっ! もう……誰も殺させねぇっ!!」

 その言葉と同時に、乙矢は手にした神剣で空を一閃した。
 全身から沸き立つ、蒼白の淡い光が弓月の目に映る。暗く澱みかけた乙矢の瞳は、見る見るうちに光を取り戻した。
「乙矢殿? 私が判りますか?」
 
 
 ハッとした顔で乙矢は弓月を見た。
 そして、心が揺れた瞬間。

 ――敵を斬れ。そうすれば、望むものが手に入る。

 その可憐な顔は、血と泥に汚れていた。頬には涙の伝った跡もある。彼女が欲しい。愛しい、と思った直後、心の臓が大きく脈打った。
 わずかな隙間を拭って、鬼が入り込み、心が持って行かれそうになる。

「ゆづき……どの、俺は……」

 己の中の己を見失わぬように……弓月の声を顔を、必死で胸の中に呼び起こす。その時、乙矢の視界に白刃が飛び込んだ。

 手にした『青龍二の剣』から溢れ出る波動に、乙矢は問答無用で体が動いていた。まるで、吸い寄せられるように敵の体を斬り裂く。
「殺し、たく……ない……」
 そんな思いを体が裏切る。あっという間に数人を斬り伏せた。まだ、敵がいる。神剣は、更なる血を求めていた。内と外の敵に苛まれ、乙矢の心が二つに裂けそうだ。
 不意に地面が揺れ……足元がぐらつく。直後、乙矢の視界は漆黒の闇となった。そのまま地が割れ、吸い込まれるような錯覚に囚われた。
「乙矢殿っ!」
 最後に覚えているのは、泣き叫ぶ弓月の悲鳴と、いつぞや看病してくれた時と同じ、優しい手の感触であった。


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