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弟矢 ―四神剣伝説―

第二十二話 鬼の声

「『鬼』が味方に向かった時は、即座に射殺せ」
「はっ!」
 彼らは、武器庫の茅葺屋根の上に、弓矢を構え待機していた。誰が『鬼』となっても、即座に暴走を止めるための人員だ。
 里人が逃げ惑い、舞い上がった土煙に『鬼』の行方を見失う。再び見つけ、いつでも放てるように、矢を番えた瞬間、足場に暖かい風が吹き抜けた。


 弥太吉は迷っていた。火を点けたら、五も数えぬうちに扉から飛び出さねば助からない。外から仕掛けられるような、導火線など持ち合わせてはいない。いよいよ、武器庫を探せば見つかるかも知れないが……そんな時間もなかった。
 弥太吉は火を放つと同時に体を反転させ、戸口に向かって走る。――直後、赤い火柱が入母屋造りの屋根を吹き飛ばした。


「よしっ! 参るぞ、新蔵!」
「はいっ」
 凪はその直前、突撃を長瀬に頼み、武器庫へと急いだ。爆風が上がったのはそのすぐ後である。
 
 噴き上げる真っ赤な炎が、まるで意思を持った大蛇のように見える。それは、屋内で方向を替え、玄関口からも火炎を吐き出した。炎が逃げる弥太吉の背を捕えようとした瞬間、凪が弥太吉を抱いて横っ飛びに転がった。その頭上を真っ赤な炎が舐めつくして行く。
「な、ぎ先生……」
「よくやりました。怪我はありませんか?」
「は、はい。大丈夫です。あ……織田さんが」
「判っています。長瀬どのたちが応援に向かいました。後は……」
 乙矢に任せましょう。と言おうとした凪の正面に、蚩尤軍兵士が現れた。爆風に巻き込まれなかった連中だ。
「いたぞっ! 貴様らぁっ!」
 一、二、三……全部で五人。つばが鳴り、刀が鞘から抜き放たれる瞬間の、風を斬る音を数える。怒声を上げ、敵は飛ぶように大股で凪に突進した。
「弥太……下がっていなさい」
 軽く弥太吉の背を押し、凪の間合いの外に押し出した。後、三歩……静かに左足を引く。後、一歩……宙に浮く一本の絹糸を切断するような正確さで、素早く、次々と敵の急所を斬り裂いた。息を呑み、動きを止める敵には、凪のほうから懐に飛び込む。一刀も無駄にすることなく、敵の気配は凪の周囲から消え去った。
「弥太! 次が来る前に、逃げた里人たちと合流しましょう」
「先生っ、姫さまを助けに行かないんですか?」
 凪はふっと微笑むと、
「弓月どのには、乙矢どのが付いておられますよ」
 
 それが不安なのです……と言いたかった。
 しかし今は、『一の剣』が呼んでいる。そう言って渦中に飛び込んだ正三の身を案じる弥太吉なのだった。


〜*〜*〜*〜*〜


 丸腰で立つ乙矢に、『青龍一の剣』が振り下ろされる瞬間! 轟音とともに、武器庫から火柱が天に抜けた。さすがの『鬼』もそれには動きが止まる。その隙に、乙矢は敵の間合いから逃げ出した。
(や、やり過ぎじゃねえのか?)
 大量の火薬に引火したようで、火の勢いが衰えることはない。
「姫様、ご無事ですか!? 馬鹿野郎――乙矢っ!」   
 立ち昇る炎と煙を唖然と見つめる乙矢に、駆けつけた正三が怒鳴りつける。そのまま、乙矢に突撃して来て、刀を抜き払った。
「伏せろっ!」
 乙矢の真後ろから斬りかかる『鬼』を、正三は一閃した。その寸前に、乙矢は地面に倒れこんでいる。逃げ遅れた乙矢の髪が数本、正三の刃の犠牲になった。
「も、もっと、早く言えよ」
「確かに、刃から逃げる身のこなしは鋭いな」
 正三は刀を仕舞った。そして、地面に這いつくばる乙矢に手を差し伸べつつ、どうにか余裕の笑みを作るが……。

「正三! 後ろだ!」
 弓月の緊迫した声に、正三は振り返った。そこには、斬ったはずの『鬼』が、平然と立ち続けている。
「馬鹿な……」
 さっきの乙矢同様、正三も確かな手ごたえを感じたのだ。その証拠に、刀傷からは血が噴き出している。それは明らかに、致死量と呼べるものであった。
「こいつ……痛くねぇのか?」
 乙矢は、強さに対する敗北感ではなく、得体の知れない物に対する恐怖で、少しずつ後ろに下がった。だが、正三は逆に『鬼』の方へにじり寄る。
 
 彼は、背中の『二の剣』に追い立てられるように、ここまでやって来たのだ。
 そのまま静かに、腰に差した刀を抜き対峙する。隙を突いて、正三の方から一気に攻める。仕掛けられる前に先手を取る、それは正三の気性で戦法だろう。だが、斬り結んだ正三の刀は、一瞬で『青龍一の剣』により弾き飛ばされた。
 すぐさま、脇差で抵抗する。しかし、あの出血だ。動きが鈍るならともかく、なぜ、剣速が増すのだろう? 見ている弓月や乙矢にもさっぱり判らない。
 
 少しずつ、正三が押され……ついに脇差の刃もボロボロになってしまう。これでは戦えない。一刻も早く『鬼』を止めねばならぬのに。そんな感情に覆い被さるように、正三の全身に声が響いた。

 ――我を手に。

 正三の背に、戦いに相応しい剣があった。

 ――我が半身を取り戻し、勇者となれ。

 必ず、神剣を取り戻す。万に一つも、自分が勇者に選ばれた時は……。
 正三の右手が『青龍二の剣』の柄を握った。


「正三! 駄目だ……抜くなっ!」
「姫様、私も遊馬の血を引く者。鬼となっても『一の剣』は抑えて見せましょう。乙矢、後のことは頼むぞ!」
「ちょ、待てよ! 頼まれても……俺にどうしろってんだ!!」
「しょうざぁ!」
 弓月の悲鳴を振り切り、織田正三郎は『青龍二の剣』を抜き、静かに構えた。


 二本の神剣は互いを呼び合った。『二の剣』は正三に語りかける。もう片方の手に『一の剣』を掴め、と。それは、向かい合う『鬼』にも、同じように聞こえているのだろう。動きが止まり、しばし睨み合う。正三は、目の前の『鬼』を倒す……心を、その一点に集中させた。
 
 勝負は一瞬で決まった。剣を手にする者の、素養の差だろうか。最初に動いた『鬼』を一合もせず、すれ違い様、正三は相手の両腕を斬り落とした。その反動で、神剣を握り締めたまま、腕は柵を越える。両腕を失くした『鬼』は、意味不明の咆哮を上げ、両膝をつき……そして、『二の剣』を一閃。正三は敵の首を刎ねたのだった。

 止める、時間すらなかった。
 勝負はついている。既に、致死に値する傷を負っているのだ。止めを刺すにしても、首まで落とす必要があったのか?
「正三。お前、それってやり過ぎじゃねえか? なぁ」
 ゆっくり、声を掛けながら乙矢は近づこうとした。だが……正三はその動きを止めたまま、何も答えない。
 派手に燃え盛る武器庫の熱で、乙矢の額に汗が流れた。


〜*〜*〜*〜*〜


「武藤様! 弓部隊は全滅です。護衛につけておりました、関所の兵士もやられました。如何致しましょう?」
 不測の事態である。武藤は、即座に命令を出せずにいた。
「やれやれ、『鬼』をどうやって止めるつもりかな。武藤殿」
「やかましい!」
 痛いところを狩野に指摘され、武藤は堪らず怒鳴りつける。だが、さすがに相手が不味いと思ったのか、
「後始末は如何様にも、拙者が責任を持って……。狩野様、どうぞ、手も口も出さぬよう、お願い申し上げる」
「それは、失礼致した。だが……どうやら、新たな鬼の誕生やも知れませんぞ。或いは、勇者とやらか」
 その言葉に武藤が振り返った時――正三が『一の剣の鬼』を斬り捨てた。その手には『青龍二の剣』がある。
 もし、あの若者が神剣の主に選ばれたら、『二の剣』を取り上げるどころか『一の剣』すら奪い返されることになる。これ以上の失態は赦されることではない。
 武藤は精鋭部隊を呼び出し、命令を与えた。
「これより突入する! ついて参れ!」
 

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