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弟矢 ―四神剣伝説―

第二十話 一対の剣

 乙矢と弓月が、狩野と対峙している頃――。
 他の五人は、右手……東側の森を突っ切った後、二手に別れ、蚩尤軍の背後に回り込んでいた。

「奴は……役者には成れぬな」
 滅多に軽口は叩かない長瀬がボソッと呟く。
「まあまあ、それでも乙矢どのの熱意でこちらに回って正解でした」
「確かに、ざっと百を超える程度であろうか。少なくて幸いであったな」
 この長瀬の台詞を聞けば、乙矢はひっくり返ったであろう。だが、西国に駐留する本隊が動けばざっとこの三倍以上になったはずである。
「やはり本隊は、街道を先回りさせていたのでしょう。いよいよ『青龍一の剣』をこの里に持ち込んでいる可能性が高くなりました」
 凪の言葉に嫌でも緊張が走る。

「しかし、あの高い柵はなんでしょうか? 囲いなど作らずとも、百人の兵士で囲めば済みそうなものを。なんと言っても七割方、女子供と年寄りなんですから」
 新蔵の疑問は最もだ。人質の周囲に敵兵は十人程度しか配置されておらず、ほとんどが広場を挟んで、凪らの反対側に陣を敷いている。
 そして、新蔵が建物の陰から見上げると、里で一番高い屋根を持つ武器庫の上に数人の弓兵が待機しているのが判った。それも凪の読み通りだ。後は、正三と弥太吉が事を起こすまで、弓月と乙矢が引っ張れるかどうか……。

 『青龍一の剣』を取り戻すためには、避けて通ることは出来ぬ『鬼』。弓月が窮地に陥れば、乙矢は本当に神剣を抜くだろうか? 今ひとつ、乙矢を信じきれない新蔵であった。


〜*〜*〜*〜*〜


 高みの見物を決め込むはずが、一矢を名乗る人物が持つ神剣がどうにも気になり、とうとう狩野は表に出て来てしまった。一見すると、およそ、凡庸以下の小僧に見える。だが、小娘を庇おうとした動作と、その一瞬に見せた気迫は、狩野を制するに十分なものであった。

「我が名は狩野天上。蚩尤軍、大将閣下の補佐を務めます。此度は、武藤殿の応援に来たのですよ。伝説の勇者殿に会える機会など、そうそうございませんので」
 狩野と名乗る男は、相手が神剣の持ち主と聞いても、まるで恐れた様子はない。それどころが、いかにも楽しげに薄笑いを浮かべている。

「おやおや、勇者殿は私に怯えておられるようだ」
「ば、馬鹿を言うなっ! 誰が、お前なんか……」
 明らかに声が上ずっている乙矢を尻目に、弓月は冷静な声で答えた。
「狩野と申したな。お主がどのような役目であろうと変わらぬ。一矢殿の敵ではない。真の勇者は、不毛な戦いは好まぬ! 蚩尤軍の総大将は、あの仮面の男であろう。奴をここに呼べ。それでこの戦いは終わりを告げるであろう!」

 ハッタリもここに極まれり――と言いたくなるような名口上である。
 そこまでやけに余裕のあった狩野だが、弓月のこの台詞を聞いて、わずかだが、眉が引き攣った。腹の据わった弓月とは対照的に、乙矢は、本気で怒って斬りかかってきたらどうすんだ!? と内心及び腰だ。長瀬が呆れかえるほどの大根役者で、二枚目の勇者には程遠い。しかし、これまでの負け犬人生に比べれば、その場に立っているだけでも、乙矢には大きな一歩であった。

 しかし、この睨みあいを是と思わぬ者が、約一名。武藤小五郎だ。
 奴はこの時、憤然たる面持ちで、両者のやり取りを見ていた。周到に計画したつもりであったのに、これでは、狩野に手柄を奪われてしまいそうだ。どうにかせねば、と思った時、人質たちを閉じ込めた囲いの中央で異変が始まった。


〜*〜*〜*〜*〜
 

「織田さん! 囲いの中でなんかあったみたいです!」
 
 隠れ里の性質上、爾志家と縁がある、と知られたからには現状でこの里には暮らせまい。ならばいっそ、と……武器庫に保管された火薬の類を一気に吹き飛ばす計画である。土台や梁はしっかりしているものの、茅葺屋根に火を放てば、あっという間に炎上するであろう。引火しやすいものばかりなら、連鎖的に燃え移っていくのは必定。弓兵も一気に殲滅出来る。その隙に、里人を逃がし、『青龍一の剣』取り戻す。そして、援軍が来る前に戦線を離脱する戦法だ。
 ただ、武藤だけでなく、狩野がいる点。それに、里人が予想以上に多いのは計算外だったが……。
 
 正三はこの時、妙に気持ちがざわめくのを感じていた。一刻も早く火を点けねばならない。火の手が上がると同時に、長瀬らが突っ込むはずだ……。
「弥太、どうした? 何が起こった?」
「わ、判りません。でも、なんか、真ん中に一人の男が縛られているような……」
 その男が不意に暴れ始める。体を縛った縄を引き千切り、その手に刀を持ち、振り回し始めた。
「ま、まさか……」
 弥太吉の声に、正三は何も答えない。いや、背中の剣が燃えるように熱くなり、正三から言葉を奪ったのだった。


〜*〜*〜*〜*〜


 正三たちだけでなく、乙矢と弓月にも柵の内側の異変に気付いていた。
 武藤の顔に余裕が戻り、その口の端に残忍な笑みが浮かぶ。
「そろそろだな。薬の切れる頃だ」
「どういう意味だ! お前ら何をしやがった!」
「これは異なことを。『二の剣』をお持ちなら気付くのでは? 対となる『一の剣』の呼ぶ声に……」
「なっ!」
「まさか……里人を閉じ込めた中で、神剣の鬼を放ったのかっ!?」
 それは弓月の悲鳴であり、胸の奥から搾り出す非難の声であった。


 高円の里までの道中、乙矢は弓月の父、遊馬家前宗主の死に様を聞かされた。
「父上は、兄と私に『二の剣』を託され、ご自身は『一の剣』を抜きました。万に一つの賭けであったと思います、そして……」
 弓月の父・遊馬渡は鬼と化した。父を止めようとした息子を斬り、逃げる息子の嫁すらも……残った一門の全てを殺し尽くしたのだ。そのうえ、駆けつけた幕府の鉄砲隊に、蜂の巣にされても、神剣を手放さなかったという。最期は、首を切り落され、ようやく殺戮は終わったのだった。
「高潔で優しい父であったのに……なぜ、『青龍』は父を選んでくれなかったのか。全てが私を逃がすためだと思えば、口惜しくてなりません」
「それでも、神剣を取り戻すのか? こんな剣なくなったほうが良いとは思わないか?」
「それは……判りません。でも、これが遊馬家に生まれた私の宿命です」
 異論はあったが、あえて乙矢は口にはしなかった。目の前でなくとも、父や兄の最期を聞き、どれほど弓月が心を痛めたか察したからだ。弓月は命がけで『二の剣』を持ち出した。
 それに比べ、乙矢のやったことは――。


 弓月の怒声に、一瞬、我を忘れた乙矢だったが、今度は里人の悲鳴に置かれた状況を思い出す。目を凝らして囲いの中を見ると、まさに地獄となり掛けていた。
「やめろ! やめさせろ! なんで……あの連中が何をしたんだ!」
「どうせ爾志家縁の者ばかりであろう? 反逆者の縁故なれば殺されて然るべき」
「お前らが殺したいのは俺だろう? だったら俺を殺せっ!」
「いかにも……その剣で鬼を止めてくだされ、勇者殿」
 薄ら笑いを浮かべた顔を、思い切りぶん殴ってやりたいと乙矢は思った。だが、そんな暇はない。第一、弓月は刀を抜くと、弓兵の的になるのも構わず、囲いの中に飛び込んで行った。乙矢も慌てて追う。その手に、鬼の宿らぬ『青龍二の剣』を携えて。


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