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弟矢 ―四神剣伝説―

第十九話 救出作戦

 里の様子を遠目で見て、舌打ちする人間がひとり。狩野天上である。
「物好きな奴らだな。そうは思わぬか? 我らにとってはいい迷惑だ」
「は、はぁ……」
 隣に控えた部下がなんとも言えぬ顔で返事をした。その後ろには、数人の兵士が控えている。しかし、ここより少し離れた街道沿いには数百の兵士を配置してあった。
「戻り道や反対側にも同じ数を配置したというのに……無駄であったな」
 武藤の策を知り、奴には何も言わず周囲を手勢で固めていたのだった。正面衝突は避け、里人を囮に東国に逃げ帰るとばかり思っていたが……どうやら読み違えたようである。狩野は虚脱感が拭えない。

「だが、アレは確かに一矢ではないな。と、いうことは……あのお方はやはり……」
「狩野様? 我らはいかが致しましょう」
 頭の中で考えていたことを、どうやら言葉にしていたようだ。それに気づき、狩野は口を噤んだ。どこに“耳”があるやも知れぬ状況である。うっかりは命取りだ。
「神剣まで持ち出しているのだ。後は武藤に任せ、我らは高みの見物といこう」
「はっ」
 狩野は数人の側近を伴い、里の西側から忍び寄った。

 彼らの位置が里の東側でなかったことは、乙矢らにとって幸運であったと言えよう。


〜*〜*〜*〜*〜


「乙矢殿、怯んではいけませんよ。見破られては全てがお終いです」
 視線を武藤に合わせたまま、小さな声で弓月が囁く。
「わ、わかってる、けど、さ」
 目に見えるだけで、蚩尤軍はざっと百人近くもいる。これで怯むなと言う方が無茶だろう。
 
 乙矢が、記憶にある限りの情報を伝え、大よその見取り図から、凪は細かな作戦を立てた。
 だが、凪が予想したより里人は少し多そうだ。その中には子供も、それも、赤ん坊まで含まれている。彼らは、広場に作られた高い囲いの中に、ひとまとめに収容されていた。
 乙矢は先刻の凪の言葉を思い出しつつ……。


〜*〜*〜*〜*〜


「人質は我々にもよく見えるように、外に囚われてるでしょう。括られていれば厄介だが、幼子も一緒であれば、ただ一カ所に固められている可能性が高いと思われます」
「奴らが殺戮に走る可能性はないのでしょうか?」
 正三が凪に尋ねた。手当たりしだいにやられては、とても手の打ちようがない。
「心配には及びません。蚩尤軍の目的は弓月どのと乙矢……いや、一矢どの。そして『青龍二の剣』です。獲物を放り出し、餌を追うものはおりますまい。問題は『鬼』ですが……こればかりは」
 凪は静かに頭を振った。そして、乙矢に『青龍二の剣』に似せた剣を持たせる。
「ホントにこんなんで騙せるのか?」
「全ては乙矢どのの演技力しだい」
「俺は役者じゃねえ。抜いてみろって言われたらどうすんだ!?」
「無論、抜いてそれらしく二?三人叩き斬って下さい。この間のように」
「あ、あれは、勢いっていうか……。もう一回、同じことが出来るかどうか判んないぜ」
 
 たった一人で殺されに行く度胸はあるくせに、殺せと言われたら途端に腰が引ける乙矢が、新蔵には全く理解できない。
「やれよ! 間違っても弓月様の後ろに隠れたりするんじゃないぞ!」
「新蔵。あまり乙矢殿に負担を強いてはいけません。一矢殿と偽って、巻き込んだのは我々なのだから」
「弓月様、この男は爾志家の嫡子ですよ。巻き込まれて当然というか……むしろ当事者でしょう! 弓月様が責任を感じる必要などございません」
「しかし……」
「兄の許婚なれば、身を挺してお守りするのが当然というもの。だが、いいか! お前は弓月様にとって義理の弟になるかも知れない、と言うだけなのだ! その分を忘れるな!」 
 どうやら、釘を刺したつもりらしい。

「うるせえ奴だな。俺や一矢を追っ払っても、お前が後釜に座れるとは限らないんだぜ」
「なっ、な、な」
 図星を差されたせいか、どもったまま次の言葉が出て来ない。乙矢もついつい、
「そっちこそ、師範代の分を越えて、妙な考えを起こすんじゃねえぞ」
 などとからかってしまう。新蔵は憤死しそうなほど真っ赤だ。

「そこまでだ! 乙矢殿、随分、余裕がおありのようで安心致した。その調子で、しっかり姫をお守り致すのだぞ。よいな」
 これが本当の『釘を刺す』ということだろう。嫌味混じりで長瀬に念を押され、乙矢は言葉もない。
「でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 姫さまがコイツと二人きりなんて……。人を斬りたくないとか言って、逃げ出すかも知れませんよ」
 そう心配そうに口にしたのは弥太吉だ。しかし、それに答えたのは乙矢ではなく、正三だった。

「それは無用の心配であるぞ、弥太。乙矢は、一矢殿に代わり、必要とあらば神剣を抜いても姫様をお守りすると誓っておられた。……力の及ぶ限り、と。そうであったな?」
「なっ……お前!」
 乙矢は一瞬で赤面して口ごもる。弓月も同様だ。関所の手前で、あの暗がりの中、二人きりで話していたところを正三に見られたのだと知り、真っ赤になる。
 凪と長瀬は「ほぅ」と呟くに止まったが……新蔵は、心の闇に溜まる負の感情から、視線を逸らすのが精一杯であった。


〜*〜*〜*〜*〜


「武藤小五郎! 関所の高札に従い、参上致しました。何の罪もない里人を、全員解き放ちなさい!」
 凛とした表情で、武藤を睨みつけ、弓月は叫んだ。
「爾志一矢、貴様の手にあるのは、『青龍二の剣』か?」
 一斉に、乙矢の手元に視線が集中する。百人あまりの二百以上の瞳に見つめられ、乙矢は緊張の極致で今にも倒れそうだ。

「……」
「……乙矢殿、お答えください」
 無言で立ち竦む乙矢の脇を、弓月が突きながら小声で催促する。
「あ、ああ……そうだ。――いかにも、『青龍二の剣』だ!」
 わざとらしく剣を突き出し、その腕を高々と上げて宣言する。
「お、俺……あ、いや、私が、これを抜いたらどうなるか。身を持って知りたい奴は掛かってくるがいいっ!」
 なるべく威厳を籠めて言ってるつもりだが……ともすれば声が裏返り、聞くに堪えない。――その時だ!


「なるほど、おぬしが爾志一矢か。神剣に選ばれた勇者――と申すのだな」

「誰だっ!?」
 突然、左手側の茂みから声が聞こえ、乙矢は慌てて周囲を見回す。逼迫した声で誰何すいかしたのは弓月であった。しかし、その問いに答えたのは、
「狩野様。何故なにゆえ、あなたがここにおられる?」
 武藤の声は、援軍の登場とは思えぬほど、不快感をあらわにしたものであった。
 
 
 ハッとして振り返ると、すぐ後ろに狩野と呼ばれた男は立っている。弓月はすでに、いつでも刀の抜ける態勢だ。乙矢は無意識のうちに、そんな弓月と男の間に、手にした『青龍二の剣』を差し込み、壁を作った。

 なかなかどうして、と感心したように肯きながら、なんと男は無造作に乙矢らの横をすり抜け、武藤の隣に立った。
「弓月殿、あの男に心当たりは?」
「いえ、判りませぬ。ですが、あの剣気は……およそ、能力も地位も武藤より上の者であろうと」
 声を潜めて言葉を交わす二人に、狩野は、妖しげな微笑みを浮かべながら口を開く。
「どうなさいましたか? 勇者殿。私が気になりますかな?」

 武藤のような判り易い残忍さは見て取れない。むしろ、顔の造作は美形の部類であろう。だが、どこか爬虫類を思わせる気色悪さだ。乙矢と弓月は、背筋に奇妙な感覚が走った。回れ右をして逃げ出したくなる足をどうにか踏ん張り、乙矢はようよう声を捻り出した。
「ひ、人に何かを尋ねる前に、まず、な、名乗ったらどうだ?」
 喘ぐように言い返す乙矢を、狩野はジッと見つめている。それは、蛇が蛙を捕える時の眼差しにも似ていて……。


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