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弟矢 ―四神剣伝説―

第十四話 『朱雀』の在処

 天守閣の最上階にその男は立っていた。
 見晴らしの良いその場所からは、城下も一望出来る。江戸から約百六十里西にある、地方の城下町にしては、それなりに賑わっているほうであろう。
 
 城下の庶民は一年前となんら変わることはない。藩主の交代があったわけでなし、城主も表向き代わってなどいない。ただ、城主の間に、大きな顔をして居座る間借り人がいるだけのことだ。政治の機微に敏い城主は、妙な仮面を付けた男にさっさと天守閣を明け渡し、自身は家族と共に西の丸に移って行った。
「賢明な男が藩主で、領民も幸せだな」
 仮面を付けた男は口ではそう言ったものの、内心は――神剣の鬼を試す機会が減ってしまった。それは、部下の耳にもあからさまな程、残念な口ぶりであった。


「もう一度、聞かせてくれないか? 武藤、お前が居て遊馬の六人を逃がし、挙げ句の果てに、乙矢も見失った、と。そう聞こえたが」
 城主の間の敷居で隔てた一段下に、武藤小五郎は平伏していた。近くには同じく板間に正座する狩野天上(かのうてんじょう)の姿もあった。
「はっ。申し訳ございません。しかし、乙矢であるならともかく、かの爾志一矢となれば、無闇に戦いを挑む訳にも行かず」
「武藤、遊馬の小娘が『青龍二の剣』を所持していることは判っていたはずだ。何ゆえ『鬼』を連れて行かぬ」
「そ、それは、私もそう思い、狩野様に『青龍一の剣』と共に援軍を願い出ましたが……」
「東国の領地内ならともかく、地の利もない奴らに、まさか武藤殿が負けるとは思いませんでした」
「負けてなどおらぬ! 無用な戦いを避け、一矢の件を報告に参ったまでのことだ!」
 狩野の挑発に、易々と乗る武藤を溜息と共に見下ろす。

「爾志一矢、か。奴は死んだはずだ。その者は、愚弟の乙矢であろう」
「しかし、閣下!」
 乙矢にあれほどの剣技はないはずだ、と言い募ろうとしたが……仮面の向こうに光る、冷ややかな眼差しが、武藤の反論を封じた。
「だが、奴は一矢の双子の弟。腐っても勇者の血統に違いはない。『青龍二の剣』が奴らの手元にあるのも事実。よかろう『青龍一の剣』を持ち出すがいい。始末に困らぬように、鬼になる者は若く体力があり、且つ、剣の腕の立たぬ者を選ぶよう。下手に上級者を選べば、己の首を掻き切られることになるぞ」
「はっ。ありがたき幸せ」
 武藤は深々と頭を下げた。


「閣下、間違いなく一矢ではない、と?」
「さて、どうかな。一矢が現れるやも知れぬな」
 武藤が階下に姿を消し、天守閣の中は二人になった。狩野の問いに、閣下と呼ばれる仮面の男は思わせぶりに答える。一矢は死んだと、狩野は聞かされていたが、死体を見たわけではない。だが、生きていれば一年も、許婚や弟の元に姿を見せぬのはおかしい。ならば、死んだに違いない、と自らを納得させたのだった。
「狩野。万が一のため、武藤について参れ。だが、奴には気付かれぬようにな。それと、くれぐれも勇者の血を引かぬ者が、神剣の柄に手を掛けぬよう配慮いたせ。使い方を誤れば自軍を崩壊させることにもなりかねん」
「万に一つ、武藤が鬼となれば……私に抑えられましょうか?」
 狩野の血の色をした唇が妖しく歪む。そう尋ねる顔に浮かんでいるのは、恐怖ではなかった。
「試してみるがよかろう? だが『青龍』はともかく、『白虎』の鬼を一対一で倒せるのは勇者のみだ。覚えておくがよい」
「閣下。遊馬の血統三人の中に勇者がいる可能性はありませぬか? 奴らの誰かが剣を抜き……」
 勇者の存在を信じていない狩野にとっては、単に『鬼の剣を操れるもの』といった意味であったが……。
 
 クッと仮面の奥から失笑が聞こえた。
「先代宗主が鬼になる様(さま)を目の当たりにしたのだ。奴らに、神剣を抜く勇気などありはせん。だからこそ、一矢を探している。――だが、遊馬の娘は生かしておいてもよいな。四天王家の血統を残す花嫁が必要だ」

 仮面の男は立ち上がると、再び窓の前に立ち、城下を見下ろした。吹き込む初夏の風は、この高さまで来るとさすがに強く、心地よい。邪魔な仮面など、すぐに剥いでしまいたいところだ。だが、まだ早い。この顔を人前に晒す時期ではない。そんな思いを巡らせつつ、男は無造作に壁に掛けられた神剣『朱雀』の鞘に手を添えた。
 瞬間、男の手は小刻み震え……さも嬉しげに喉の奥を鳴らすのだった。


〜*〜*〜*〜*〜


 裏街道を更に西に下り、北上する辺りの分岐点、その山中に乙矢たちは身を隠していた。
 山寺の天井には大穴が開き、雨が降ればとても宿にはならぬような建物であった。後継者もおらず、長く放置されていたのだろう。幸い天気も良く、その寺に逗留して三日目を迎えている。だが、これ以上、ひと所に滞在するのは危険であった。

 宿場近くの山中で、乙矢がおゆきに刺されてからすでに七日が過ぎていた。ここまでは、新蔵と正三が背負って乙矢を連れて来たのだった。ここから先、二里から三里のうちに関所があるはずだ。そこを抜け、どこかの里に一旦身を潜めてから計画を練り直さねばならない。そのためには、爾志家の嫡男である乙矢の協力が必要であった。
 


「意識が戻って良かった……ご無事で何よりでした」
 ニッコリ笑って弓月は乙矢の枕元に座った。
「ずっと……看病してくれたって聞いた」
「高熱で、持たぬやも知れぬと凪先生に言われました。私のせいで、あなたを死なせることだけはしたくなかったのです」
「あんたの……いや、弓月殿のせいじゃない。俺の責任だよ。おゆきは利用されただけなんだ。あいつを恨まないでやってくれ」
 そう言って、おゆきを庇う乙矢から視線を外しつつ、弓月は話を続けた。

「私だけではございません。弥太吉を庇ってくれたことも、お礼申し上げます」
「凪先生にも言ったけどさ、勘違いだよ。俺にそんな力はないさ。ただ、避けられなかっただけだ。第一、あの時助けてくれたのは弓月殿だ」
 
「あなたは、西国の山を知り抜いてるようでした。あなた一人なら、奴らに見つからず逃げる道はあったのではありませんか? それを、我々を救うために戻ってくれた。そう思っています」
 弓月は小首を傾げると静かに微笑んだ。ふいに、乙矢の鼓動は早まる。それが、体に残った毒のせいでないのは確かだ。
 身なりは少年のままだが、声音も言葉遣いも本来のもの戻っていた。だが生来が、勝気な性分なのだろう。男勝りの印象は拭えない。それでいて、山奥の崩れかけた廃寺に佇んでいても、姫と呼ばれるに相応しい気品が、弓月には備わっている。
 乙矢の姉、霞も美しい女性だったが、弓月はそれ以上に生気に満ちていた。

 姉のことを思い出し……いい加減、けじめぐらいはつけて置かなければならない、と思い、乙矢は身体を起こした。
「クッ、痛ぅ……」
 刺し傷より、二の腕の傷口が痛み、頭もふらついた。失血死寸前まで、毒を抜かれたようだ。まあ、そうでもしなければ、とうの昔に三途の川を渡っていただろうが。
「何をなされます。まだ横になっておられなくては」
「いや。ちゃんと挨拶してなかったからな」
 
 乙矢は、布団――数年前まではそう呼ばれていたはずの物の上に、キッチリ正座すると両手を太ももの上に置き、軽く頭を下げた。
「お父上と兄上夫婦を、亡くされたと聞きました。お悔やみ申し上げます。我が爾志家は、筆頭でありながら……『白虎』を奪われました。大変、申し訳なく思っております」
 そのまま深く頭を下げようとして、再びふらつき、弓月が手を差し伸べる。
「乙矢殿! 大丈夫でございますか?」

 この時、ひなびた寺の一室とはいえ、乙矢たちは二人きりで……。


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