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弟矢 ―四神剣伝説―

第十二話 嘘と罠

 明らかに、逃げ道ばかり模索している自身に気付き、新蔵は赤面して閉口した。
 凪は落ち込む弥太吉の肩に手を添えながら、
「勇者と呼ばれる一矢どのが現れたとなれば、皆実の宗次朗どのが無事であれば合流されようとするでしょう。それに、呼応するように、蚩尤軍に反旗を翻す者も出てくるやも知れません。そして何より、本物の一矢どのも……」
「一矢殿が現れれば……活路は拓ける」
 
 弓月の言葉に、乙矢は胸の奥が激しく痛んだ。一矢の帰参を誰より望んでいたのは乙矢のはずだ。それが、同じだけ弓月が待ち焦がれているのだ、と思うと……乙矢は、あるまじき考えを必死で打ち消そうとした。

「それに、鬼を作ろうとするなら神剣は欠かせません。奪い返すならこの時を置いてないでしょう」
「なるほど! それは一石二鳥の作戦ですね、凪先生!」
 神剣を取り戻せる、その言葉に弥太吉の顔は一気に明るくなる。

「もし……万一、一矢が出て来なかったら? それか、奴が神剣の持ち主に選ばれなかった時はどうすんだよっ!」
 乙矢は凪に言い返したつもりだったが、それに答えたのは弓月だった。
「どちらにせよ。一矢殿が勇者でなければ、我らに未来はありません。少しでも決戦を引き伸ばし、待ちましょう。それより先に敗れた時は、それも宿命というもの。ご心配には及びません。乙矢殿に、二度と人殺しなどさせぬよう、私がお守り致します」
 昨夜、同じ台詞を聞いた時、確かに乙矢の胸は温かくなった。しかし、今は……先ほど味わった胸の痛みに、さらに杭を打ち込まれたような気分である。一言も言い返せず、痛みを飲み込む乙矢だった。


 
 不意に、ガサッと草むらが揺れ、瞬時に全員が身構えた! しかし、そこから姿を現したのは……。

「乙矢さん! お前さん無事だったんだね。どうしてこんなことに……」
「お、おゆきぃ? お前、なんだってこんなとこにいるんだ!? 宿場を出たらマズイだろ? バレたら、ただじゃ済まねぇぞ!」
 宿場の舟女郎、おゆきだった。飯盛り女郎の更に下、まともな布団の上で客も取れない彼女らは、普段、宿場から出ることは出来ない。無論、それを見張っていたはずの乙矢がここにいるのだから、あっさり抜け出したのかも知れないが。もし、金に困って街道沿いで客でも取れば、すぐにお縄になるだろう。他の宿場町に行こうにも、通達が回っているはずだ。見つかれば送り返され、酷い折檻を受けることになる。

「乙矢さん、お六ばあさんを殺したのは、お前さんかい?」
「バ、バカなっ! 俺がなんで」
「でも、お前さんってことになってんだよ。お六殺しの下手人として、捕えた者に褒美が出るって。でも、あたしはあんたじゃないって信じてる。乙矢さん、あたしと一緒に逃げとくれよ」
 おゆきは乙矢の袖に掴み下がり、泣くように言った。手配書が回ったんじゃ、とても細々と、なんてやっては行けない。いや、それ以前に、お六殺しは濡れ衣でも、人殺しになってしまったことは確かだった。

「待て。なあ、おゆき、俺じゃないよ。でも、俺はもう宿場には戻れない。だから、お前は見つからないうちに早く帰るんだ」
 そんな乙矢の言葉に、おゆきは、キッと弓月らを睨みつけた。
「こいつらだね! こいつらが、謀反人の残党なんだね。お前さんはこの連中に利用されてるだけなんだ。目を覚ますんだよ! 付いて行っちゃ駄目だ!」
 どうやら、宿場で起こった事態の収拾に、表向き、乙矢には色々な罪状が付けられたようだ。弓月たちにとっては、罪状の一つや二つ、今更というものだろう。
 おゆきはそのまま、弓月のほうへ一歩進んだ。
「この人を何処に連れてく気だい。あんたらの好きにはさせないよ!」
「お、おい。おゆき……」
「心配しなくていいよ、乙矢さん。お前さんはあたしにとって、大事な人なんだ。あんただってそうだろう? でなきゃ、あんな風にあたしのこと庇ってくれないよ。ちゃんと判ってる。お前さんのことは、あたしが守るからね」
 どっちみち、女に守られる定めのようだ。乙矢は片手で額の辺りを押さえ、溜息をついた。

「ほおぉ。腰抜けの割に、そっちの方面はやけに手が早いんだな」
「妬むな新蔵。先を越されて悔しいのは判るが、お前にも機会はある」
「ち、違います! そんな意味じゃ……」
 冷やかし半分の新蔵や正三に比べ、
「十八は男になるのに決して早い歳ではない。むしろ、血統を絶やさぬために喜ばしいことだが。仮にも爾志家の嫡子たるもの、宿場女郎相手では、お父上も嘆かれるであろうな」
 長瀬はどうやら、真剣に怒っているようだ。
   
「待てよ、お前ら。勝手なこと言うなよ。俺とおゆきは別に、そんな……」
 腕に自信もないのに、体に流れる勇者の血ゆえ、いつ殺されるかも判らなかった乙矢だ。誇りを守って逃げることなど不可能だった。気弱で口が軽く、金や女の誘惑に転びやすい男を演じる必要があったのだ。おゆきとの関係も、そんな流れの一つに過ぎない。
 しかしおゆきは、そうは思ってなかったようだ。
「別になんだい? 筆おろしをしてやって、女の泣かせ方を教えてやったのは、このあたしじゃないか!」
「お、おゆき……勘弁してくれよ」

 乙矢はタジタジである。怖くて弓月の顔を見ることが出来ない。いや、彼女は乙矢の許婚ではないのだから、恐れる必要などないのだが……。

「おゆき殿と申されましたね。信じて頂けぬかもしれぬが、我らは謀反など起こしてはいません。乙矢殿とは、浅からぬ縁があり、彼はここに留まる訳にはいかぬのです。身の安全は我らが保証いたします。どうぞ、お引取りを」
 言葉遣いは丁寧だが、弓月らしからぬ押しの強さがあった。
 まるで、乙矢の女房同然に振舞うおゆきに、嫉妬しているようにも見える。

「と、とにかく。弓月殿たちは反乱軍とかじゃないんだ。俺も、色々事情があって、行かなきゃならないんだよ。な、おゆき、お前は宿場に帰れ。今の俺には何にもしてやれねえしさ……」
 その時、おゆきは何を思ったのか、髪に挿したかんざしをスッと抜いた。

(ん? かんざしなんか、挿してたっけ?)

 ――その動作は、乙矢の意識に何処か引っ掛かった。
 

「乙矢さんを返して貰うよ! 力ずくでもね!」
 そう叫びながら、おゆきはなんと、弓月に飛び掛って行ったのだ。
 まさか、武器にかんざししか持たない女を相手に、弓月が刀を抜く訳にもいかず……。
「おい、乙矢。お前の女だろう? 早く、どうにかしろ。弓月様にご面倒をお掛けするなっ!」
 新蔵は、自分自身がさも迷惑そうに怒鳴った。
 
 
 蚩尤軍との戦闘の後で、気を抜いていたのは確かだ。それに、たかが女郎である。乙矢のどこにそれほどの魅力があるのか判らない。だが、嫉妬に狂った女の所業に目くじらを立てることはあるまい。
 それは――誰もがそう思った直後に起こった。


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