PREV | NEXT | 目次

弟矢 ―四神剣伝説―

第十話 勇者となれるか?

 その時、突然、門が閉じられ三人が中に取り残される!

「なっ! 何事だ! 長瀬、無事かっ?」
 弓月も予定外の事態に逼迫した声を上げた。
「姫っ!」
「弓月様、ご無事でございますかっ!?」
 姿は見えないが、中から新蔵らの声が聞こえ、一旦はホッとする弓月だったが……。
 
 この時、本当に窮地に陥っていたのは、宿場に残された三人ではなく、外に出た四人のほうであった。



「女の割りに中々のものだな。だが、女の役目は、閨の相手と子を産むことだ。程々にしておかねば、命がないぞ」

 四人は一斉に振り返る。
 そこには、百騎近くの敵兵を従え、仰々しい甲冑に身を包んだ一人の男がいた。どうやら、先刻の声の主らしい。
 年の頃は三十代半ば、左頬から顎に掛けて刀傷があり、その容姿が余計に凄みを出している。新蔵を、十年ほど歳を取らせたような体躯だ。若い体には敵わないだろうが、それにお釣がくるほどの経験を、顔の傷が物語っていた。
 問題は、その気配であろう。弓月の体を舐めるように見る視線は、略奪・陵辱の類を求めているのが明らかだ。そして、その全身から沸き立つ腐臭は、残忍な殺戮を重ねてきた人間のそれであった。

「武藤……小五郎」
「え?」
 乙矢は、男の名を小さく呟いた。生涯、忘れる事の出来ない顔だ。しかし、情けないことに膝の震えが治まらない。
 弓月は何も聞かぬまま、スッと乙矢の前に立つ。その横に、凪も足を揃えた。

「拙者、西国の蚩尤軍を預かる、武藤小五郎である。そのほう、遊馬弓月だな。そちが背負う神剣をこちらに渡せ。なら、命ばかりは助けてやろう」
 
「弓月どの……待ち伏せとは思えませぬが、まともな方法で切り抜けることは難しいかと」
 凪がそっと耳打ちする。
「判っている。しかし……」
 宿場に閉じ込められた長瀬たちも気になるが、まずは目の前の敵をどうにかせねばならない。その時、
「お前が、密告したのかっ? そうなんだろっ!」
 不意に、弥太吉が乙矢に掴み下がった。乙矢は声もなく、ただ、首を左右に振るのみだ。

「おおっ、おぬし爾志乙矢ではないか? 今回もよく役に立ってくれたな。おい、奴は殺すな。その約束になっておる」
「……!」
 小憎らしいほど、堂に入った茶番だ。しかし、乙矢には何も言い返せない。武藤を睨み返すことすら出来ないのだ。
 そんな乙矢に、刀を抜き、弥太吉は飛び掛ろうとする。横から凪が片手で取り押さえた。
 
 武藤らは凪の推測通り、待ち伏せというわけはなかった。狩野から援軍を断わられ、仕方なく明け方に出立したところ、宿場の戦闘を知ったのだった。主力軍はいまだ、山中を走り回っているはずだ。

 
 弓月は、矢が飛んできた時の乙矢の対応で、彼が額面通りの腰抜けでないことを確信していた。あの時、乙矢は動かなかった、背後にいた弥太吉を庇ったのだ。自分の体を盾にするなど、賢いやり方ではないが心根は正しい証だ。
「武藤と申したな。貴様と取り引きはせぬ。どうしても、と言うなら――私はこの手で神剣を抜くつもりだ。鬼となっても、これだけは譲れぬ!」
 弓月の気迫に全員が息を呑む。そして、乙矢もようやく顔を上げた。武藤の顔を見るなり、一言も発せず、ずっと俯いて震えていたのだ。この時はじめて、弓月の額や首筋に、滝のような汗が流れていることに気付いたのだった。
 先刻からの斬り合いは、女の体力ではすでに限界を超えていた。それでも尚、弓月は乙矢を庇って前に立ち続けている。


 この時――乙矢は生まれて初めて、自身の弱さを恥じた。

 長い間、物心ついて以来ずっと、乙矢の心と体を縛り付けてきた言葉があった。
「乙矢は何も出来ずとも良い、このままで良い」
 その言葉は呪縛となり、一門が壊滅状態に追い込まれてもなお、一矢が助けに来てくれる、と思い続けてきた。その反面、一矢まで失うくらいなら、四天王家も神剣も、全部欲しい奴らにくれてやる、という思いもあるのだ。
 乙矢は、自分の生き方はおろか、進む方向すら、一矢がいなければ決められない人間になってしまっていた。

 だが、今……弓月に守られ、彼女の背に隠れる自分が恥ずかしいと思えたのだ。弓月を守りたい。一矢の十分の一でも強くなりたい!

 ――運命は、確実に真実を求めて動き始める。



 武藤の目にも弓月の限界が映った。彼は口元を歪ませると、挑発的な笑みを浮かべて言った。
「ほう……父親のように、か?」
 
 その言葉に乙矢は驚くが、弓月らは顔を引き攣らせた。見る見るうちに、彼女の長所であるはずの冷静さは姿を隠し、頬は怒りの余り赤く染まった。
「貴っ様ぁ!」
「一か八かで神剣を抜き、鬼となって敵も味方も皆殺しにした父親を真似るか?」
「父上を愚弄するなっ! 『青龍』は父を選ばなかった。それだけだっ!」
「勇者になり損なった、哀れな男だ。その手で倅を殺し、神剣も奪われ……鬼として首を落とされたのであったな。所詮、負け犬に過ぎんわ」
 武藤の勝ち誇ったような笑い声に弓月の怒りは頂点を超え、逆に蒼白になる。そして、ついに背中の『青龍二の剣』に手を掛けた。

 蚩尤軍に緊張が走る。武藤も、まさか女の弓月が本気で抜くとは思っていないらしい。
「弓月どの……」
 凪の動揺した声に乙矢は驚く。とても生身の男に思えぬほど、達観した人間に見えていたからだ。

如何いかがした? 女は鬼になれぬと思うか? ならば試して見るがいい。その体で『青龍』を味わえ!」
 右手で柄を握り締め、引き抜こうとした瞬間――その手を押さえたのは乙矢であった。
「駄目だ。これは切り札だろう? ひょっとしたら、最後の一本かも知れんのだぜ」
「乙矢殿! だからこそ……この身を鬼に変えても守らねばなりません! お放しください」
 
 二人のやり取りを見ていた敵の一人が、神剣の与える緊張に耐えかねたようだ。
「何をゴチャゴチャ言っておる! 貴様は邪魔だ、死ねっ!」
 そのまま、丸腰の乙矢に斬りかかった。
 それを見た弓月は、神剣を持つ手に力を籠める。覚悟を決め、渾身の力で抜こうとするのだが……なんと、それを上回る力で乙矢は押さえ込む。そして、弓月の脇差を引き抜き――振り返り様、敵の刀を持つ腕を一刀両断にしたのだ。

「俺は……殺したくない。頼むよ。このまま、引いてくれ」
 風をも切り裂きそうな鋭い剣捌きとは相反して、乙矢の声は震え、上ずっていた。
「ふざけるなぁっ!」
 それまで、女の後ろで震えていた男に仲間を斬られ……数人が束になって襲い掛かる。
 乙矢は、唖然とする弓月を、凪のほうに突き飛ばす。そのまま、脇差を順手に持ち帰え、あっという間に五人の男を斬り伏せた。さすがに、腕だけとは言っておられず、全員が一瞬で事切れる。まるで、『かまいたち』にでも襲われたかのようだ。
「頼むから……引いてくれよ」
 武藤は得体の知れぬものを見たかのように固まっていた。
「貴様……何者だ。爾志の次男坊は、刀の持ち方も知らぬ腑抜けであったはずだ。まさか……」
 その時、凪が恐ろしいことを口にした。

「いかにも……このお方は、剣聖と名高い爾志家の嫡男、一矢どのだ。どうしても、というなら彼にこの場で『青龍二の剣』を抜いて頂こう。彼に扱えぬ神剣はないと言われる。その身で試して見られるがよかろう」
 武藤は突然のことに言葉もない。だが……一番動揺しているのは、誰あろう爾志一矢と名指しされた、乙矢であった。


PREV | NEXT | 目次
Copyright (c) 2010 SHIKI MIDOU All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-