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弟矢 ―四神剣伝説―

第九話 突破

 宿場町は南北に約三町ほどの距離だ。一気に駆け抜け、そのまま海まで出る手もある。海路でここを離れることが出来れば、より安全かも知れない。だが、一度東国に戻ってしまえば、爾志家を挟んだ皆実家の領地を訪れることは不可能に思えた。
 それを考えるなら、海側に出たと見せかけて、裏街道を西へ下り美作路に沿って北上するべきだろう。状況しだいでは、どちらにでも針路変更が可能となる。それに、山中なら爾志家の隠れ里が点在している。そこに身を隠すことも出来るかもしれない。しかし、それは乙矢しだいであった。


「夜が明けると、さすがに目立つな」
 独り言のような掠れる声で乙矢は呟いた。

 彼らは、出来る限り、家屋の影に身を潜めながら宿場町を横切ろうとしていた。たかが三十人程度、とはいえ、こちらは七人……戦力は実質四人だ。弥太吉ですら刀を差しているのに、乙矢は全くの丸腰である。正三がそれに気付き、脇差を乙矢に差し出したが……彼は帯刀を拒否したのだった。
 そんな態度に、いい加減、苛ついていたのだろう、弥太吉が乙矢の言葉に噛み付いた。


「だったらなんだよ! それもこれもお前のせいだろ? 罠が張ってあって、姫さまになんかあったら、おいらがお前を殺してやるっ!」
「弥太っ! 黙れっ!」
 押し殺した声で新蔵が弥太吉の口を塞いだ。

 ただならぬ蚩尤軍の動きに、宿場の連中は息を潜め、家の中に閉じこもったままだ。そして、異様な静けさの中、少年の声は表通りに響き渡り……。


「いたぞーっ!」
「遊馬の残党だ! 反逆者がここにいるぞーっ!」
 
 一瞬で、蚩尤軍は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
 それもそのはず。彼らは、念のため、と残された常駐部隊なのだ。乙矢の探索と、彼の立ち寄り先を見張っていたに過ぎない。それが、目の前に、一度は取り逃がした反逆者の残党が舞い戻って来たのだから、訳が判らない。
 末端の彼らにも、『遊馬の残党は人を鬼に変えるあやかしの剣を持っている』と知らされている。寝込みを襲うならともかく、正面切っての決戦は五倍の人数を擁していても避けたいところであった。

 まだ半分もある。連中の腰が引けてるうちに走って振り切れまいか、と弓月は考えたが……。あっという間に、宿場の入り口が固められ、それも不可能となった。
 だが、うかうかしていては、山狩りの大軍が宿場町に下りてくるだろう。挟撃されては一溜りもない。弓月には最後の、且つ、最強の手段が残されていたが……今ここで、それを使いたくはなかった。
 そんな思いを抱きつつ、チラリと乙矢の顔を盗み見る。

「姫っ! 何を立ち止まっておられる! 眼前の敵を蹴散らすしかござらん。大軍が到着する前に姿を消さねば、二度と東国には戻れませぬぞ」
 長瀬の叱咤に、弓月は芽生えかけた淡い想いを、強引に消し去る。

「正三、新蔵、先陣を切れっ! 長瀬、宿場の関を突破するぞ、参れ。凪先生、弥太とともに我らの後に続いて下さい」
 弓月の号令に、正三と新蔵は即座に駆け出していた。その手には、既に刀が抜かれてある。
「乙矢殿。私の後ろへ。決して傍から離れぬように、よろしいですか?」
「あ、ああ」
 
 普段はそれなりに賑わっている宿場町の目抜き通りが、一転して戦場へと姿を変えた。
 誰が何処にいるのか、乙矢にはとても見分けがつかない。朝靄(あさもや)の中、立ち上がった土埃は、怒声と罵声の渦にさらに舞い上がり、宿場を包み込んでいく。やがてそれは、鉄分を含んだ血の匂いに変化して行った。
 
 乙矢の脳裏に、一年前の惨状が浮かんでくる。
 連れ去られた姉上を、勇気を振り絞って助けに行ったはずが……彼が目にしたのは大木の枝に吊るされた、変わり果てた姉の姿だった。取って返した爾志一門の屋敷では、惨劇はあらかた終わり、そこは血の海と化していた。乙矢は、愚かにも殺されに戻ったようなものだった。母上は、そんな息子を庇って斬られたのだ。その体が、少しずつ冷たくなるさまを、乙矢の腕は覚えている。そして……床に転がった父上の首が、血の匂いと共に、残像となって蘇った。
 父上の開かれた両目が乙矢を睨んでいる。一矢さえいれば――なぜ、お前でなく一矢がここにいない。父上はそう言いたかったはずだ。
 争いごとは嫌いだ。誰とも戦いたくない。俺の負けでいいから、頼むから、もう勘弁してくれ。何もかも差し出すから、誰も殺さないでくれ。乙矢は、胸の内で叫び続けた。

「乙矢殿っ! 伏せて」
 弓月の声にハッと我に返る。
 乙矢の耳に矢羽根が風を切る音が届いた。条件反射のように、身を屈めようとした瞬間、弥太吉の背中が目に入る。「チッ!」短く舌打ちし、乙矢は棒立ちのままになった。
 
 だが、間に入った弓月が、手にした刀を綺麗に一閃! 矢は真っ二つになる。
 そのまま、流れるような動作で弓月は刀を持たぬ方の腕を振り上げた。そして――二本目の矢をつがえようとした敵の喉元に短剣が刺さる。
 
 さすが、遊馬一門の姫だ。『青龍二の剣』を背負うだけのことはある。腕力と体力は男に劣るが、それを補って余りある、技術と鋭い剣速は、身の軽さゆえだろう。
 それは弓月だけではなかった。先代は一門の三強を娘のために付けたのだろう。
 
 まるで猪の如く、乙矢に突撃してくる新蔵だが――そんな彼も、最年少で師範になるだけのことはあった。戦いに集中した時の剣捌きは、非常に丁寧で的確なものだ。ただこれは、感情が先走ると怪しくなるのだが……。
 むしろ、予想外に白熱した戦闘を見せてくれたのは正三だった。
 剣を抜くと気分が高揚する性質たちらしい。通常、二尺二寸程の刀持つが、彼は長身のため、二尺五寸はある刀を持っていた。乙矢に渡そうとした脇差からして、二尺はありそうだ。
 刀も腕も長い正三の間合いに、誰も入り込めない。右往左往するうちに、刀の錆となっているのだ。さっさと逃げればいいのに、と敵に同情するのは乙矢くらいであろう。

 一方、宿場の関をほとんど一人で打ち破りつつあるのが、師範代筆頭の長瀬賢悟だ。
 豪胆という言葉がこれほどピッタリくる男もおるまい。乙矢を守る為、弓月が遅れを取ってしまい、長瀬が突出した格好になってしまった。本来なら、かなり危険な状態なのだが……。背後から斬りつけようとする敵に、彼の背中は無言の威嚇を見せていた。最初に、乙矢を襲った時のように、彼は自在に気を操れるらしい。獰猛なほどの殺気をぶつけられては、『あやかしの剣』の噂が脳裏をよぎり、敵軍は踏み込めずに躊躇している。傍目には愉快なほどだ。

「乙矢どの、先に宿場を出ましょう。弥太、離れるでないぞ」
 ふと気付けば凪が真後ろに来ていた。
「凪先生っ」
 後ろです! と弥太吉が叫ぶ前に、凪は背後の敵を斬り捨てた。障害物も軽く避けて走り抜ける様子は、どう見ても、本当に見えてないのか? と問いたくなる。

「乙矢殿! こちらです」
 弓月に腕を掴まれ、乙矢も宿場の外に向かって走り出した。その後に、凪と弥太吉が続く。
「正三、新蔵戻れっ! 長瀬っ!」
 それは、全員が関を抜けた瞬間、門を外から閉じる合図だった。弓月の声に、三人とも身を翻したが……。



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