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弟矢 ―四神剣伝説―

序章 二本の矢

 ――八年前、初夏の夜。

 

『かずやぁ。やっぱりまずいよ。父上に見つかったら、怒られるって』

『何言ってるんだ、おとや。ここまで来て引き返せるか!』

 闇の中、朱塗りの神殿が浮かび上がっている。

 そこは、決して足を踏み入れてはならない禁域であった。父の張った結界の注連縄が、そのまま引き返せと、乙矢(おとや)の神経に警告を発する。

 神殿の外には、爾志(にし)家門弟の者が灯した蝋燭が、湿った風に揺らめいていた。

 一矢(かずや)と呼ばれた少年がぐんぐん先に進み、その腕にぶら下がるように、乙矢と呼ばれた少年が腰を引き気味に付いていく。

 ふたりは合わせ鏡のようにそっくりだ。

 肩より少し長め黒髪を後ろでひとつに縛り、揃いの道着を着用している。十を過ぎたばかりの少年の頬は丸みを帯び、柔肌にあどけなさを残していた。

それでいて、涼しい目元と引き締まった口元は、数年後には凛々しい若者になることを証明しているようだ。

 ひとつ違うとすれば、眼の光であろうか。

 幼いながら、研ぎ澄まされたするどい眼光を放つ一矢と、心に迷いを抱え、その光に蓋をしたかのような乙矢。

 それは生まれる前から、ひとつの運命を分け合ったかのような、双子の兄弟であった。

 

 先に歩く一矢が、神殿の扉に手を触れた瞬間……それは、乙矢の頭に飛び込んできた。

 ――震え上がるほどの恫喝。

 しかし、それを凌駕するほどの誘惑。様々な声が乙矢の体内を駆け巡る。

『怖いよぉ、かずやぁ、もう嫌だよぅ』

 一矢は半泣きの乙矢の手を振り払い、ひとり、神殿の奥に進んだ。

 “そこ”に、近づくごとに、一矢を取り巻く気配が変わっていく。

 そして……封印され、白木の台に奉納された神剣『白虎(びゃっこ)』を目にするなり駆け寄った。

『僕が……勇者だ』

 そう呟くと、彼は『白虎』を鷲づかみにする。

 鈍く、白濁の光が一矢を包み込む。

 乙矢は瞬間的に、兄が遠くへ行ってしまうことを悟った。

『かずやぁ……かずやぁっ!』

 失いたくない。その思いは頭に響く声より強く、彼の恐怖を一掃した。一矢を突き飛ばし、『白虎』を取り上げ、元の位置に戻そうと濁った光の中に飛び込んだ。

 刹那――神殿の中は真っ白い光で満たされた。

 乙矢は、頭が締め付けられる強烈な痛みに眩暈を覚え、膝を突く。そして、ふたりはそのまま意識を失い……。



                 

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