十八歳の愛人

第一話

 彼女はその時切羽詰っていた。
 見ず知らずの男に身体を預け、わずか数万円のお金と引き換えに、大切な純潔を手放そうとするほど……。

 ――夜の十時過ぎに新宿駅の北口でウロウロしてたら声掛けられたんだって……決まってるじゃん、援交だよ。

 そんな話を高校の友人に聞いた。
 西園寺愛実さいおんじいつみ、都内の都立高校に通う三年生だ。
 元々は旧華族の家柄ではあるが、典型的な没落貴族である。
 曽祖父の代から不動産も株もろくな運用は出来ず……結果、絵画などの美術品や先祖伝来の品、はては調度品まで売って食いつないできた。
 しかし、それも父の代で底を尽く。父は土地家屋を抵当に入れて事業を始めたが……それも失敗。
 いよいよ家を追われようか、という時に倒れて、あっという間に還らぬ人となった。
 それが、愛実が十六歳、高校に入ってすぐのことだ。
 残されたのは認知症を患いかけた祖母と、働くことなど知らないお姫様育ちの母、三歳下の弟、五歳下の妹、十一歳下の弟だった。
 それでも何とか父の保険で食いつないできた。だが、高校生の愛実がバイトをする程度で、家族六人の生活を支えるのはどう考えても厳しいだろう。
 朝は五時から宅配便の仕分けに、夕方と休日はレストランの皿洗いをしていたが、給料など微々たるものだ。
 来春には弟、尚樹が高校に進学する。しかし、その入学金すら用意できそうもない。こんなことなら、父が亡くなってすぐ高校を辞め、就職すれば良かった。
 愛実は自分より男の尚樹に、高校に行かせれば良かったと後悔していたのだ。
 
 だが今は、それどころではない。
 母が町の金融業者に借金をしていたのだ。父の遺族年金の証書を担保に、である。
 金利は途方もない。しかも、借金の理由が、チャリティーパーティに出るためのドレス代と寄付金、と聞いたときは……。愛実は開いた口が塞がらなかった。
 母は父の保険金が永遠のように思っている。
「愛実さん、支払っておいてね」
 丸っきり悪びれないで、母は愛実に軽く言い放つ。愛実には返す言葉もなかった。
 二十万円の借金が一ヵ月後には四十万円になっていた。
 母の実家は、地方の田舎町で広大な敷地を所有する地主だった。両親は既になく、母の兄夫婦が跡を継いでいる。しかし、頼るわけにはいかない。なぜなら、亡き父が一千万以上の借金をしており、返済も滞っていたからだ。
 母の両親は生前娘を甘やかし、度々仕送りしていた。母の辞書には“遣り繰り”と言う言葉はなかった。
 愛実は、いっそ高校を辞めて、何もかも投げ出そうかと考えたが……それは中三の弟に全てを背負わせ、一人で逃げることである。
 高校生の愛実ですら立ち尽くすほどの状況に、中学生の弟や妹を置いてはいけない。ましてや愛実がいなくなれば、小学校に上がったばかりの弟、慎也はどうすればいいのだろう。

 
 今夜で三日目だ。愛実に迷ってる時間はない。西園寺家に売れるものは、愛実の身体しか残されてはいないのである。新宿駅の北口に立ちつくしていると、愛実は何人かの男性に声を掛けられた。
 二十代半ばのサラリーマン風の男性から、五十代くらいの中年男性にまで……。
 彼らは皆、そっと近寄ってきて、
「いくら?」
 と訊ねた。
 愛実は慌てて、
「友達を待ってるんです!」
 と答えては男性から飛び退いた……それの繰り返しだった。
(いい加減、覚悟を決めなきゃ……このまま帰っても借金取りが待ってる。次に声を掛けられたら付いていこう)
 愛実が覚悟を決めた瞬間、背後に足音が聞こえた。
「君は、いくらで買えるんだ?」
 振り向いた愛実の目に飛び込んできたのは、三十代くらいのビジネスマン風の男性だった。


       ◇


 三日前、彼は信号待ちの車内から、愛実が男の手を振り払い逃げるのを見ていた。この道は彼の通勤コースだった。
 昨日もこの場所に立ち、一時間近くも逡巡して立ち去る彼女を見た。声を掛けることはせず、遠巻きに見ていたのだ。そして、今日は車を降り、早い時間から彼はこの場所にいた。一時間近くその場に居て、諦めかけた時……やはり彼女はやって来た。
 彼の心のどこかに引っ掛かる。
 私服ではあるが、見るからに高校生の少女だ。彼には複数のセックスフレンドがいて、街角で少女を買うほど困ってはいない。
 だが……今夜六人目の男に少女は声を掛けられ、再び背を向けるのを見て、彼は愛実に向かって歩き始めた。


       ◇


 三十分後、二人は道玄坂にあるラブホテルの一室にいた。
 あの後、
「いくらかと聞いてるんだが?」
「あ……あの……五万……いえ、十万円」
「一晩にしちゃ高額だな…それともそんなに楽しませてくれるのか?」
「は、初めて、なんです……だから」
「私は処女には価値が見出せない男なんだが。まあいい、本当だったら払おう。――来い」
 
 愛実はそう言われ……気がつくと、ラブホテルに連れ込まれていた。正確にはラブホテルではなく、ブティックホテルと呼ばれる時代に作られたホテルだが……。
 その時、愛実は援助交際の経験があるという友達が言っていたことを思い出す。
「あの……お金を先に下さい」
「初めてだと確認してからだ」
「そんな……現金を持ってるかどうか判らないのに。踏み倒されるって聞いたわ」
 そんな愛実の言葉を聞いて、男は頬を歪めた。
「初めての割の詳しいんだな。あまりしゃべるとボロが出るぞ」
「お金がもらえないと困るんです。そのために、こんなことを……私」
 男は愛実に財布を見せると札束を確認させ、そこから五枚引き抜く。
「前金だ。私が気に入ったら、いくらでも払ってやろう。だが、さっきの言葉が嘘だったら……」
 男は愛実の身体に視線を巡らすと、バッグからスッと生徒手帳を引き抜いた。
「『都立K高等学校三年A組西園寺愛実』これを添えて学校に密告する。君は退学だ」
「あ……返してください! 返して」
 思わず、男に飛びつく愛実だったが、すぐに腕を掴まれ押さえ込まれる。
「君が嘘つきでなかったら、すぐに返すさ」
 そう言うと、男の顔が愛実の眼前に迫ってきた。
 この三日間、愛実に声を掛けてきた男性の中で一番のルックスだろう。道端で援交目的の女子高生など買わなくても、女性のほうから寄ってくるだろう。百八十センチ以上はありそうな長身で、スーツがものすごく似合う……危険な香りのする、大人の男性であった。
 愛実は壁に押し付けられ、身体をピッタリ寄せられた。薄いブラウス一枚の胸に男性の身体を押し当てられ、身動きも出来ない。だが、初めて逢った男性にもかかわらず、なぜか汚らしさは感じないのだ。
 それどころか、水泳の授業で指導と称して腕や腰に触れる体育教師のほうが、よほどいやらしく感じる。愛実は、そんな自分自身に戸惑うばかりだった。
「フーン……胸はそこそこあるんだな。肌も綺麗だ……だが、あんな場所に立つなら化粧くらいしたほうがいいんじゃないのか?」
「校則で禁止されてます」
「売春は禁止されてないのか?」
「……」
 冷たい声で言い放つと、男は愛実のスカートをたくし上げ、裾から手を差し込んできた。
「アッ……ヤッ」
 愛実は条件反射で膝を閉じ、太ももをピッタリ合わせた。



 男は愛実の反応に僅かに躊躇した。
 愛実は正真正銘の女子高生である。まだ四月、高三なら十七歳の可能性が高い。それは、都の青少年保護育成条例――通称、淫行条例に引っ掛かることになる。
 そして内股に触れ、その態度は本物の処女を思わせた。本当に抱けば、甚だまずい立場になりかねない。
 だが、愛実の肌に顔を寄せると、彼は気分が妙に高揚するのを感じていた。処女には興味はないはずであった。好みのタイプは男を喜ばせる術を持ち、立場を弁えることの出来る大人の女だ。
 ところが、身体を押し付けてるうちに……彼は自分の下半身が反応し始めたことに気付いてしまった。
「コレはまた……信じられんな、こんな小娘に」
 そう呟くと、勢いに任せて唇を奪う。
 本来、キスはしない主義だ。セフレとは一度も唇を合わせたことはない。
 だが、どうしてもこの娘と唇を重ねたかった。
 葉桜のこの時期、夜はまだまだ寒い。愛実の唇は冷たく、小刻みに震えていた。男の愛撫に応えることもせず、強く唇を噛み締め棒立ちだ。
 いよいよ本物かもしれない、と思いつつ、男は唇を離し質問する。
「いくつだ?」
「……十八」
「本当かな」
 そう言いながら、愛実の髪に手を差し込んだ。そして今度は、彼女の頭をすくい上げるように上を向かせ……さっきより強く唇を押し付けた。
 少し離すと、舌先で唇を舐めあげる。ついばむ様に軽く合わせると、再び押し付け……次は舌先で唇を割り、中に押し込んだ。
 ビックリして逃げようとする愛実の腰を掴むと、下半身をピッタリ添わせる。
「ん……んん……」
 
 
 二人のキスは次第に深まり……それはこの先の未来を暗示するかのようであった。

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